





【贅沢な庭仕事の思い出】
9月に入り、ほのかに秋を感じられる今日この頃。屋外で過ごしやすい気温になり、庭掃除や植物いじりを再開した方も多いのではないでしょうか。私もそのひとりです。好きなだけ時間を過ごせる庭と軒先で、ふと思い出したのは、春に参加した贅沢な庭仕事でした。
それは「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」でのこと。写真祭を何年も追いかけていると、メインの展示めぐりと並行して開催イベントもチェックし、興味のあるものに参加するのが私の楽しみ方になっていました。それで今年、写真祭の終盤に体験したのが、会場の一つである「有斐斎弘道館(ゆうひさいこうどうかん)」での「庭のお手入れ」だったのです。
有斐斎弘道館は、広大な日本庭園を持つ数寄屋建築です。実は写真祭の2カ月ほど前に別の機会で訪れたことがあり、お茶とお菓子をいただきながら施設の由来を知りました。またここのイベントに参加したいと思っていた矢先、思いがけず写真祭がその機会を与えてくれたのです。
有斐斎弘道館の「有斐斎」は、江戸中期の儒学者である皆川淇園(みながわきえん)の号の一つで、ここは淇園が晩年に開設した学問所の跡地です。江戸時代の学問所はいわば私立大学の先駆けで、当時「弘道館」という名の施設は日本各地にあったといわれます。皆川淇園は、物や言葉の真理を解釈する「開物学」の創始者であり、漢詩や書画にも精通する人物として、門人が3千人にも及ぶ知識人でした。現在の有斐斎弘道館は、江戸から大正にかけて建てられた茶庭付きの邸宅で、2009年ごろにマンション建て替え計画による取り壊しの危機に直面しましたが、有志の尽力によって公益財団法人化され守られました。荒れた庭は、ふたたび「市中の山居」と呼ばれるにふさわしい姿へと時間をかけて整備され、建物は京都の伝統文化を体験できる文化サロンへと生まれ変わったのです。
今年の写真祭は、フランス出身のアーティスト、ジュリエット・アニェルの展示会『光の薫り』が開催されていました。展示は植物や鉱物を主題とした写真や映像作品にとどまらず、目に映る庭の緑や座敷に差し込む光までもが意匠として感じられる空間でした。そうした展示会の余韻の中で体験した庭園のお手入れは、思いがけず深く印象に残るものとなりました。
当日の朝、早めに到着したと思っていたら、すでに先客がいて、応募には間に合わなかったため、朝一番でキャンセル待ちをしに来られたとのこと。外腰掛けに並んでザクロの花を眺めていると、だんだんと人が増えてきました。顔見知り同士も多く、写真祭のスタッフや、弘道館の運営を当初から手伝っていた方とその家族など、大人から子ども、国籍もさまざま。やがて集まったみんなで道具を渡し合い、声をかけ合いながら、自然と仕事に移ります。私が案内されたのは奥の苔庭で、落ち葉を拾い、芽を出し始めた雑草を抜いて整えました。そして隣では親子が、摘果されて落ちた小さな青い柿の実を集めています。苔の隙間から生える双葉に見覚えがあって尋ねると、「それは双葉葵だから残しておいてね」と。そんな穏やかな時間がゆっくりと流れていきました。
作業が終わり汗を拭いたら、次は茶室の時間です。さっきまで庭に立っていた弘道館の理事長が亭主に早変わりし、私たちにお茶を振る舞ってくださいました。茶道具から薄茶の茶碗ひとつひとつに至るまで、どれも驚くほど由緒あるもので、茶室には感嘆の声が絶えませんでした。楽しみにしていたお菓子は、写真祭の展示作品から着想を得て作られた特別な一品。鉱石のような寒天菓子はどの角度から見ても神秘的で、思わず吸い込まれるような錯覚を覚えたのは、きっと私だけではなかったと思います。
その後、弘道館の催し物についてもご紹介がありました。お茶会、お菓子の勉強会、能のお話会……。なかでも最も印象に残った言葉が、「ここはみなさんに開かれた場所ですから、ぜひまた、お昼寝をしに来てくださいね」という一言でした。私はきっと、またこのお庭に会いに来ると思います。
公益財団法人有斐斎弘道館
https://kodo-kan.com/
ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/