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【壁に咲く工芸美 ~金唐革紙の歴史と復興~】

時は17世紀のヨーロッパ。宮殿や大聖堂の壁面を、華やかかつ立体的に彩っていたのが「金唐革(きんからかわ)」と呼ばれる高級壁装材です。金唐革は、唐草や花鳥などの文様を、型を用いて革の表面に浮き上がらせ、金泥などで彩色したもので、日本には江戸時代前期の17世紀半ばにオランダ経由でスペイン製の金唐革が輸入されて人気を博しました。

しかし、当時鎖国を行っていた日本では極めて貴重で入手困難だったため、和紙を素材とした代用品の制作が行われました。そうして1684年に伊勢国で完成した製品が、「金唐革紙(きんからかわし・きんからかわかみ)」のはじまりです。

和紙に錫箔を中心とした金属箔を貼ったうえで、緻密な彫刻を施した木版で立体的な文様を打ち出し、さらに手塗りで漆や彩色を加えて金色に輝く美しい壁紙を作り上げました。江戸時代に生まれたこの技術は、明治の文明開化の波とともに輸出工芸品として花開き、その卓越した美しさから欧米でも高く評価されます。イギリスのバッキンガム宮殿でも使用されるなど、日本の技術力を世界に知らしめる重要な輸出工芸品としての役割も果たしました。

鹿鳴館をはじめ、明治から大正期にかけて建設された近代日本を代表する建築物の多くも、この金唐革紙によって絢爛豪華に彩られました。北の国際貿易港として繁栄を極めた北海道小樽市の「旧日本郵船株式会社小樽支店」では、2階の貴賓室や会議室に華麗な金唐革紙が貼り巡らされていました。重厚な石造建築の内装を美しく引き立てる装飾壁紙は、当時の小樽の目覚ましい繁栄と風格を現代に伝える貴重な歴史遺産となっています。また、東京都台東区にあるジョサイア・コンドル設計の「旧岩崎邸(旧岩崎邸庭園)」においても、邸内の洋館などに職人の手わざが光る金唐革紙が施され、近代日本の富と文化の高さを象徴する空間を作り上げていました。

ところが、時代の変化とともに建築様式やインテリアの流行が移り変わると、手間と時間を要する金唐革紙の需要はしだいに減少していきます。大正から昭和の動乱期を経て、その製法は昭和中期までに完全に途絶え、戦後、幾度となく再現が試みられましたが、挫折が続き、かつて近代建築を彩った最高峰の和紙工芸は、いつしか「幻の壁紙」と呼ばれるようになっていました。この失われた技術を現代によみがえらせようと立ち上がったのが、1985年に上田尚氏によって設立された、金唐紙研究所です。上田氏は、わずかに残された文献や資料をもとに、材料や技法、道具を徹底的に研究し、幾多の試行錯誤と技術的検証を重ねることで、一度は途絶えた金唐革紙の伝統製法を独自の技術を加えて見事に復元・再興させることに成功しました。

こうして復活を遂げた日本独自の伝統技術は、重要な文化財を未来に継承するための修理や復元事業において、大きな役割を果たしています。旧岩崎邸庭園や、旧日本郵船株式会社小樽支店の保存修理事業では、金唐紙研究所の手によって、当時の意匠や色彩が忠実に復元された金唐革紙が施され、創建時の輝かしい姿を取り戻しました。こういった現代の復興活動は、単なる過去の技術の再現にとどまらず、歴史的建造物の価値を正しく後世に伝える重要な架け橋となっています。職人たちの情熱と誇りによって途絶の危機を乗り越えた金唐革紙は、今も変わらぬ光沢を放ちながら、日本の伝統工芸の奥深さと可能性を未来へと語り続けています。

ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/
旧日本郵船株式会社小樽支店(記事)
https://jp.shokunin.com/archives/52026313.html
旧岩崎邸庭園(記事)
https://jp.shokunin.com/archives/52028159.html

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%94%90%E9%9D%A9%E7%B4%99
https://kinkarakami.com/about/
https://kyu-nippon-yusen-otaru.jp/about#about-2
https://www.tokyo-park.or.jp/park/kyu-iwasaki-tei/index.html#highLight