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【地獄坂と高台のゲストハウス】

坂とともに暮らす街の日常を、身をもって感じてみたい。今回の小樽出張ではそんな思いから、高台にある「小樽ゲストハウス」を4泊の宿として選びました。この「坂の上」に立つゲストハウスこそが、私たちの願いを120%叶えてくれることになるのです。

小樽ゲストハウス、そしてその向こうにある小樽商科大学へ続く坂道は、全長約1.5km。小説『蟹工船』の作者である小林多喜二や、詩集『雪明りの路』を世に送り出した詩人・伊藤整らも学生時代に通った急勾配の通学路です。かつてこの一帯には建物が少なく、冬になると雪混じりの風が頬に突き刺さり、足元は雪に覆われるという過酷な環境でした。その地獄のような厳しさから、坂はやがて「地獄坂」という名で呼ばれるようになりました。視界一面が白く染まった急斜面を踏み締めて歩く冬の道は、学業を志す若者たちにとっても大変辛く厳しいものであったに違いありません。その同じ坂道を、今もなお小樽商科大学の学生たちが歩いている様子を目にして、綿々と、そして静かに紡がれていく街の歴史を感じました。

小樽商科大学の手前を左折すると、さらにまた短く急な坂が目の前に現れます。坂、そしてまた、坂。これまでほとんど運河沿いやその周辺しか歩いていなかった私たちにとって、この坂道の連続はまさに「まさか」にほかなりませんでした。左手に目を向けると、小樽の街が眼下に広がり、この場所が相当高いところにあることが分かります。目印となるイタリア国旗が掲げられた角を曲がれば、そこが小樽ゲストハウス。昭和初期の歴史ある洋館を改装したゲストハウス兼レストランです。タイル張りの柱の間に上げ下げ窓が連続して設けられているのが特徴で、入り口には当時の防火意識が感じられる鉄の防火扉も。本館2階のツインルーム3室と、その裏手にある大正時代の石蔵を使った別館「蔵」の合計4室がゲストルームで、全室がバストイレ完備。1階のレストラン「パスタクラブ」では、地元の旬の食材を生かした夕食や朝食を楽しむことができます。洋風の外観とは異なり、レストランのある1階奥には床の間、違い棚、書院を備えた和室があるなど、建設当時の暮らしへのこだわりが伝わってくるようでした。本館の屋上へ上れば、小樽の街並みと石狩湾を見渡せるすばらしい眺望もあります。

私たちが宿泊したのは、本館裏にある別館「蔵」。今では珍しいとされる札幌軟石を使用した、大正時代の木骨石蔵をほとんど手を加えず残してある、小樽市内でも数少ない歴史ある蔵だそうで、建物好きとしては泊まらないわけにはいきません。重厚な扉を開けると、味わいのあるねこ足のテーブルや、赤いフェルト張りの椅子など、随所に大正ロマンの香りが息づいています。階段の先にある2階は、白い漆喰の壁と、見るからに気持ちよさそうなベッドが並び、周りに街灯などの明かりがないためか、照明を落とせば部屋は真っ暗、そしてとても静かです。そんな環境でぐっすり眠った翌朝は、窓から差し込む朝の光と、近くで鳴いているうぐいすの声で目が覚めるという、これ以上ない理想的で幸せな目覚めに毎朝感動していました。

世界中どの場所を旅しても、観光名所とされる場所は旅行者の心を引きつけるだけの理由があり、いかにすばらしい場所があるかは言うまでもありません。しかし、どの街や場所にもきらびやかな観光地を辿るだけでは決して出会えない「本当の日常」があります。今回、息を切らしながら一歩一歩坂を上ることで、この街のリアルな高低差を知り、一直線に海へと続く道を見下ろし、高台では気持ちの良い風を感じて、夜の静けさに包まれて眠るという坂の上の暮らしを経験したことは、私たちにとっても新しい発見の連続でした。次にどこかを訪れるときも、小樽の「坂道」のような、生活の延長線上にある場所を歩いてみたい。そんな風に思うほど、有意義な滞在となりました。その街の日々の営みを、誠実な気持ちを持って体験させていただくこと。それは旅の仕方や、旅そのものへの考え方を変えてくれる、小さなきっかけになるかもしれません。

小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html
小樽ゲストハウス
https://otaruguest.web.fc2.com/

参考資料
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2020101501082/
https://otaru.gr.jp/hotel/otaru_guesthouse
https://www.visit-hokkaido.jp/spot/detail_10192.html