



【うだつの上がる街、小樽】
小樽の街を歩いていると、石造りの建物を数多く見かけます。特に観光名所として人気の色内通りから堺町通りにかけては、歴史ある建物が立ち並び、情緒あふれる特別な景観をつくり出しています。長く住んでいると見慣れた光景ですが、改めてこの街を散策しながら、その建物の歴史を辿ってみることにしました。
市内に今も残る石造りの建物は「木骨石造」と呼ばれ、その多くは明治時代に北前船の船主たちによって営業倉庫として建てられました。現在も市内には約350棟の木骨石造建築が残されています。
北前船とは、かつて大阪と北海道を往来しながら各地で商いを行った商船です。船主は一度の航海で多額の利益を得たとも言われています。小樽は明治初期から北海道開拓を支える一大物流拠点として発展し、「動く総合商社」とも呼ばれた北前船の寄港地として栄えました。そのため街には多くの倉庫が必要となり、船主たちは競うように新たな倉庫を建設したのです。
木骨石造建築は、内側を木の骨組みで支え、外側を厚さ約15cmの軟石で覆った構造になっています。夏は涼しく、冬は暖かく保つことができるため、物資の保管に適していました。また、1904年(明治37年)の大火をきっかけに、防火性の高い建築としてさらに重宝されます。外壁材として使われた「小樽軟石」と呼ばれる凝灰岩が市内近郊で採れたことも、普及した理由の一つと考えられています。
木骨石造建築をよく見ると、建物の屋根や壁から突き出しているものがあります。これは「うだつ」と呼ばれるもので、火事の際に延焼を防ぐための防火壁です。うだつを設けるには多額の費用がかかったため、富や成功の象徴でもありました。そのことから、成功できない様子を表す「うだつが上がらない」という言葉の由来になったといわれています。防火のための設備ですが、美しい彫刻が施されたものも多く、商人たちの粋な心意気を感じることもできます。
その後、大正中期以降になると、モルタル塗りやタイル貼り、鉄筋コンクリート造の建物が主流となり、木骨石造建築は次第に建てられなくなっていきました。しかし、現存する建物の多くは、土産店や飲食店、美術館などへ姿を変え、現在も大切に活用されています。石壁に囲まれた内部は静かで落ち着きがあり、これからの季節はひんやりと心地よく過ごすことができます。
小樽市内には、このような歴史的建造物が数多く残されています。職人.com小樽ショールームが入居する運河沿いの協和浜ビルもその一つで、昭和初期に建てられたモダンな鉄筋コンクリート造の建築です。
建物は、その土地の歴史や人々の営みを今に伝える大切な存在でもあります。小樽の美しい街並みがどのように形づくられてきたかを知ると、散策もまた違った楽しさが生まれるかもしれません。
市内を歩かれる際は、ぜひ歴史的建造物にも目を向けながら散策を楽しんでみてください。そしてその際には、小樽ショールームにもぜひお立ち寄りください。
小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html
参考資料
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2020101600365/
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2020101500269/file_contents/rekikenmap.pdf