S__101744648

S__101744647

S__101744646

【SUMO】

今年の初めに両国の街を夜散歩しました。夜空に浮かび上がる国技館の迫力や、場所の開催を知らせて回るお囃子「触れ太鼓」に遭遇し、一気に興味津々アンテナが反応してしまいました。

豊作を祈願し神々に捧げる儀式として始まった“相撲”。『古事記』や『日本書紀』に神々が力比べをする物語が記されています。人間の闘争本能の現れである力くらべや取っ組み合いから始まった伝統的なスポーツは、天皇の前で相撲を取る「天覧相撲」が300年間続いたり、鎌倉~戦国時代にかけては武士の戦闘の訓練として盛んに行われたそうです。織田信長も深く相撲を愛好し、勝ち抜いた者を家臣として召し抱えることもあったそう。江戸時代に入ると浪人や力自慢の者の中から、相撲を職業とする人たちが現れ、全国で「勧進相撲」が行われるようになりました。

「勧進相撲」とは寺、社の本堂や山門などの造営・修復に要する費用を捻出するために開催した相撲のこと。江戸幕府初期には、京、大坂、江戸を中心に全国各地で行われました。途中、社会の風紀を乱すなどの理由から、相撲興行が禁止されていた時期もありましたが、江戸中期の平和で豊かな時代には、幕府も勧進相撲を認めるように変わっていきました。東京では、深川の富岡八幡宮、本所(両国)の回向院、湯島の天神社など各所で開催。その後、回向院での開催が多くなり、江戸のメイン会場となっていったのです。名力士の登場や、境内に作られた巨大なよしず張りの仮小屋の出現により、「勧進大相撲」が誕生しました。それは、興行で得られる収入で生活を支えることができる、プロの力士の誕生です。

やがて人気力士は、相撲を好む大名家に召し抱えられ、勝利することによって大名の家名を上げる役割を担うようになりました。「一年を二十日で暮らすよい男」という力士たちの暮らしぶりを歌った川柳があり、これはひと場所が晴天10日、春・秋の2場所だったので、春秋の合計20日間相撲をとれば暮らしていけることを意味しています。実際には、そこまで優雅な生活ではなかったそうですが、なかなか興味深い川柳ですね!

両国では5月場所も始まり、すでに完売御礼とのこと。両国周辺もにぎわっていることでしょう。昨年、大盛況だったロンドン公演もまだ記憶に新しく、日本の伝統を興味深く見つめている海外の方々の眼差しがとても印象深かったことを覚えています。6月には、30年ぶりとなるパリ公演が開催されます。パリの街に「SUMO」がどのように溶け込むのか、今からワクワクします。

そして当店のお相撲さんたちもお忘れなく!なんともかわいらしい「セラミック・ジャパン」の陶磁器製の人形です。相撲の所作である「四股」と「仕切」に、ユーモアいっぱいの「昼寝」「欠伸」を加えた計4つのポーズがあり、どれも手のひらに乗るサイズです。玄関周りにも最適!眺めているだけで笑顔になれる大人気の人形です。

もうひとつは、長野県南信州の職人集団「わらむ」によるわら細工で、希少な古代米「白毛餅米(しらげもちごめ)」を含む6種類の稲わらを、製品の特性に合わせて使い分けています。

白毛餅米は嵐が来ても地に倒れにくいことから「勝藁(かちわら)」と呼ばれ、“土が付く”ことを嫌う相撲界では縁起の良い藁とされ、大相撲本場所の土俵だわらとしても使われています。迫力ある取り組みはもちろんですが、「SUMO」を取り巻くストーリーにも興味が湧いてくる今日このごろです。

セラミック・ジャパン 大入相撲
https://www.shokunin.com/jp/ceramicjapan/sumo.html
わらむ ポットマット
https://www.shokunin.com/jp/waramu/potmat.html
銀座ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/ginza.html

参考資料
https://www.sumo.or.jp/IrohaKnowledge/sumo_history/
https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/portals/0/edo/tokyo_library/sumo/index.html