

【消えた地名「厩(うまや)」】
小樽に暮らし始めて3年。街を歩いていると、古い地名がふと会話の中に現れることがあります。先日、家族が何気なく「手宮のあたり、昔は『うまや』って呼んでたんだよ」と言いました。地図を見ても、そんな名前はどこにもありません。「厩」という漢字だけ見ると馬小屋のようですが、馬と関係があるのだろうか。気になって調べていくと、手宮にはかつて「厩町(うまやまち)」と呼ばれる地区が本当に存在していたことを知りました。
その町名が姿を消したのは、1968年(昭和43年)。住居表示整備に伴う大きな町の改名の時期で、小樽市内の多くの古い町名が統合され、新しい丁目表示へ変わっていきました。厩町もまた、手宮1丁目から3丁目、清水町などの一部へと組み込まれ、行政上の地名としては消滅しました。しかし、名前が変わったからといって、人々の記憶が一夜にして書き換えられるわけではありません。家族が未だに「うまや」と口にするように、そこに暮らした人たちの間では、長く親しまれた呼び名が静かに生き続けています。
実際に手宮を歩いてみると、「厩」の痕跡が今も点々と残っています。湯の花手宮殿(日帰り温泉)の横から山へ向かって伸びる急な坂道は、その名も「うまやの坂」。住宅の間から海が覗き、振り返れば小樽港が小さく瞬きます。冬に歩けば雪がきしり、夏には草の匂いがふわりと漂う。季節ごとに全く違う表情を見せる坂ですが、どこか懐かしい気配がするのは、この土地が長い年月を生きてきたからでしょうか。
坂を下りて海側へ向かうと、小樽港厩町岸壁があり、釣り人たちが糸を垂れています。ここでも「厩」の名は今も現役です。近くには、町内会の「厩町会」や小さな集会所「厩会館」もあり、地名が消えたとは思えないほど日常の中に自然と溶け込んでいます。さらに坂を登って植物園の下あたりまで行くと、小さな「厩稲荷神社」がひっそりと佇んでいます。ここにかつて確かに「厩町」という町があったことを語りかけてくるようです。
では「厩」という地名はどこから来たのでしょうか。調べていくうちに、必ずしも「馬屋」を意味する漢字が由来ではないことが分かりました。小樽の地名にはアイヌ語にルーツを持つものが多く、厩もまた、その一つであると考えられています。かつてこの一帯にはアイヌの集落があり、入り江の奥に位置する地形や岸辺の特徴を表す言葉が、明治期の行政整理の際に「厩」という漢字に置き換えられたといわれています。馬とは関係ないはずの場所に「厩」という文字が当てられた背景には、アイヌ語を日本語に翻訳する過程で起きた音の似た漢字を当てるという、当時よく見られた文化的な変換があったのでしょう。
小樽の町名を辿ると、こうした消えた名前がいくつもあります。山の上、源町、北浜町…地図から消えた地名の余韻は、バス路線名や坂の名前、町内会の掲示板や商店の看板など、予想もしない場所に残っています。その痕跡は、今の小樽の暮らしと地続きでありながら、どこか遠い時代の空気を纏っている。その儚さが、街歩きの魅力をさらに深いものにしてくれるのだと思います。
「厩」という名前は、行政上はもう存在しません。しかし、坂を歩く人たちの気配や、岸壁の潮風、神社の静けさの中に残っています。地名とは、単に場所を示すだけの記号ではなく、人の生活が重ねられた時間そのものです。呼ばれ続けた言葉は、消されたあともなお、その土地に優しく溶け込んでいくものなのだと改めて感じました。
今日も手宮の街を歩きながら、ふと足元の坂道を見つめます。かつて「厩町」と呼ばれたこの土地の記憶は、今もここに息づいている。そう思うだけで、風景が少し違って見えてきます。
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