S__5865475

S__5865476

S__5865477

S__5865478

S__5865479

【平等院鳳凰堂】

平等院鳳凰堂は、私たち日本国民が日常の中で繰り返し目にしている文化財の一つではないでしょうか。十円硬貨には本堂、また現在も広く流通している旧一万円札の裏面には屋根の上の鳳凰像が描かれているため、日々の暮らしの中でとてもなじみ深いものになっています。京都府宇治市は宇治川のほとりに、平安時代後期の1052年(永承7年)、関白・藤原頼通が父・藤原道長の別荘を寺院に改めて「平等院」を創建し、翌1053年(天喜元年)に「鳳凰堂」が建立されました。1994年「古都京都の文化財」としてユネスコ世界文化遺産に登録されています。

この時代、人々を強い不安に陥れていたのが「末法思想」です。釈迦の在世から長い時間が経過したため、仏教が廃れ、正しい教えや悟りを得られないと考えられていました。時を同じく天災や疫病、政治的不安などが重なり、人々の間には将来への不安が広がっていたため、希望を見出す一筋の光のように、阿弥陀如来の救済によって極楽浄土へ往生できると説く浄土信仰が広く流行していました。鳳凰堂は、その極楽浄土の世界を地上に表現するための建築となっています。

大きな特徴は、池の中島に建てられていることで、あたかもそこに極楽浄土の宮殿が姿を現しているかのようです。水面に鳳凰堂が映り込み、現実と理想の世界とを重ね合わせるようにも見え、阿弥陀如来坐像を安置する中央から左右へ翼廊、さらに尾廊が延びる左右対称の構成は美しく、安定感を備えています。幾度かの改修を重ね、2014年から柱や壁は「丹土(につち)色」で深みのある赤色になっており、屋根瓦も経年変化を表現した渋い色味に、露盤宝珠や鳳凰像には金箔が施されています。現在が創建当時に一番近い色とされ、鮮やかな印象でありながら深みのある落ち着いた色合いは、実際に目にしてこそ分かるものでした。そしてやはり目を引くのが屋根上の一対の鳳凰像です。江戸時代以降、建物全体の姿が翼を広げた鳥に見えたことから「鳳凰堂」と名付けられたように、この鳳凰像がより幻想的な世界を描き出しているようでした。

堂内中央には、仏師・定朝の手による国宝の「阿弥陀如来坐像」が安置され、複数の木材を組み合わせる寄木造の技法によって、大型の像でありながら均整のとれた姿と穏やかな表情を実現しています。個人的にとても心を奪われたのは、堂内の壁面上部に懸けられた52体の「雲中供養菩薩像」でした。雲に乗り、楽器を奏で、優雅に舞う姿。これらは、阿弥陀如来が菩薩たちを引き連れて、亡くなった人を極楽浄土へと迎えに来る「来迎(らいごう)」の場面を立体的に表現したものです。

併設されたミュージアム「鳳翔館」では、堂内の扉や壁面に描かれた来迎図や装飾文様が再現され、煌びやかな壁面は、理想化された浄土の風景だけでなく、日本の山並みや草花を思わせる描写が取り入れられ、日本の自然観を反映した表現がとても美しかったです。さらに雲中供養菩薩像や創建当時の鳳凰像を間近で見られるように展示されていて、その精緻な細部を心ゆくまで堪能できます。持物(じぶつ)を手にしていたり合掌していたりする菩薩像は、個々の像は小さいながらも、さまざまな動きや表情に思わず「かわいい!」「家族に似ている」と声が出てしまうほど不思議と親しみやすく、想像が膨らみました。「命が尽きるとき、最も会いたい人の姿が菩薩となって目の前に現れ、自分を浄土に導いてくれる」という説明がされていて、とても心打たれる経験になりました。

極楽浄土という言葉は知っていても、これまで特に想像することはありませんでしたが、平等院鳳凰堂へ足を運び、建築・彫刻・絵画・庭園が一体となり、その全体と重なる自然や光、水面への反射も含め、極楽浄土を擬似体験しているかのようでした。社会全体が不安に包まれていた時代に、理想の世界を具体的な形として示そうとした試みが、今日まで大切に保存され、当時の人々の信仰の深さと美意識に触れることができます。

平等院鳳凰堂
https://www.byodoin.or.jp/
ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/

参考資料
https://www.byodoin.or.jp/learn/history/
https://www.kyoto-uji-kankou.or.jp/tourism.html
https://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/末法