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【三十三間堂の冷気と、うぞふすいの湯気】

2月の初め、寒い日の京都旅行では、身体じゅうで感じる静けさと、あたたかい時間の両方を体験しました。訪れたのは、京都市東山区の「三十三間堂」。正式名称は蓮華王院(れんげおういん)で、全長約120mの堂内に並ぶ柱間が33あることから、古くから三十三間堂の名で知られています。日本でも類を見ない規模を誇るこの長大な木造建築は国宝に指定され、本尊の千手観音坐像をはじめ、千体千手観音立像、二十八部衆、風神・雷神像など、すべてが国宝という圧倒的な空間です。国宝とは、日本の文化財保護制度に基づき、建築や仏像、絵画、工芸品など、日本の歴史や文化を理解するうえで特に重要とされるものに与えられる称号で、後世に伝えるべき価値を持つ文化財です。

「京の底冷え」といわれるほど、冬の京都は寒いと聞いていましたが、本堂に入った瞬間、外よりもさらに冷たく澄んだ空気が広がっているのを感じました。木造建築が長い時間をかけて蓄えた冷気と、千手観音菩薩像の静かな表情が、ゆっくりとこちらに伝わってくるようでした。はるか先まで続く通路の見通しはすばらしく、その対面にずらりと仏像が姿を現し、迫力に圧倒されます。仏像を少しでも近くで見ようと、ご本尊が安置されている最も神聖な空間である「内陣(ないじん)」との境目に近づくと、自分の吐く息が白くなるのに気づきました。しかし、そのわずかな温度差が生む空気の違いが、仏様のいらっしゃる世界と私たちが存在する世界とを分けているようで、聖域に一歩足を踏み入れたときのような、緊張感のある不思議な体験となりました。

しっかりと冷え切った体のまま向かったのは、三十三間堂から程近い鰻料理の老舗「わらじや」。外の寒さとは対照的に、ほのかなだしの香りが漂い空気がやわらいでいました。創業四百余年の歴史を持ち、かつて方広寺に大仏殿が建立された際、太閤秀吉が様子を見に来るたびにこの場所で草鞋を脱いで休んだことから、「わらじや」と呼ばれるようになったと伝えられています。名物は「うぞふすい」と呼ばれる鰻の雑炊。白焼きの鰻、椎茸、牛蒡、人参、三つ葉、卵、餅を合わせ、昆布と鰹のだしで仕立てた京都らしいやさしい味わいが特徴です。座敷に運ばれてきた土鍋から立ち上る良い香りの湯気、しばらくの間ふつふつと煮える雑炊を眺めているだけで心も体もほどけ、ひと口食べると冷え切った指先まで温かさが巡るようでした。店内には「一炉庵」と名付けられたお茶室が今も残り、文豪・谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に登場する部屋としても知られています。作中では、行燈(あんどん)の明かりだけを頼りに、暗がりの中で雑炊を食べる情景が描かれており、その陰影の美しさが今に伝えられています。

冬の京都には、身体で知る歴史という魅力があるように思います。目で見るだけでなく、冷気や匂い、静けさといった感覚を通して、建築や信仰の積み重ねの時間の深さを知り、自分が受け取った感覚でその時代の感性などにも想いを馳せる、そうした体験で受け取る文化があるように感じられました。厳しいこの寒さも、目の前の春の訪れのための余寒。春を楽しみに、今この時を楽しめると良いですね。

三十三間堂
https://www.sanjusangendo.jp/
わらじや
https://uzofusui-warajiya.kyoto/
三条ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/sanjo.html