



【宇治の辻利、祇園の辻利、小倉の辻利、そして世界のTSUJIRI】
「辻利」と聞いて思い浮かぶイメージは、皆さんそれぞれ異なるように思います。お茶やお店、スイーツなど、その名前が指すものは一つではないようです。京都は宇治の地で辻利右衛門が創業した老舗の辻利一本店と考える人もいれば、日本各地に展開される「茶寮都路里」で知られる祇園辻利、北九州・小倉の街に根づいた地元に愛される辻利茶舗、海外では日本茶を発信するTSUJIRIを連想する人もいるかもしれません。
辻利の歴史が始まった京都の宇治は、朝夕の寒暖差が大きく降水量にも恵まれ、良質なお茶の栽培に適しています。伝統的な覆下栽培による玉露や碾茶、石臼挽きの抹茶、煎茶など、国内を代表する高級茶の産地として発展してきました。
日本における喫茶文化の幕開けは、1191年に臨済宗の開祖・栄西が宋から茶の種子と喫茶の習慣を持ち帰ったことから。1211年に著された『喫茶養生記』で茶の効能が説かれており、抹茶は禅宗の僧侶たちによって嗜まれ、座禅や修行に用いられながら広まりました。このころ宇治で本格的な茶栽培が始まり、宇治茶は茶の味わいだけでなく、香りや余韻、点てる所作や精神性など美意識を重んじる「文化」として受け継がれていきます。その宇治で、幕末の1860年(萬延元年)、辻利は創業しました。初代・辻利右衛門は、動乱の時代に幕府の庇護を失い衰退していく宇治茶業を前に、私財を投じて改良に尽力。玉露製法を完成させ、茶箱(缶櫃)を考案して販路を広げるなど、宇治茶復興に努めました。
明治から大正にかけて日本茶が広く親しまれる中、官営八幡製鉄所の操業を背景にさまざまな国の船が往来し、多くの人と文化が行き交う活気ある九州最大の商都・小倉の地へ、京都から親族が支店長として赴任します。茶の産地ではないものの、城下町の商い文化が息づく小倉において、格式を保ちながら家庭や贈答用のお茶が生活に深く根づき、親しまれました。高級茶の専門店であると同時に、日常の暮らしに寄り添う茶舗となり、そこに小倉の辻利ならではの文化があるようです。
そして現在、「TSUJIRI」の名が世界へと広がっています。世界各地で展開されているTSUJIRIは、実は小倉の辻利茶舗によるもの。抹茶ドリンクやスイーツといった現代的な形でも日本茶が注目されていますが、その基盤には宇治茶の製法と精神があります。小倉の暮らしの中で培われた柔軟な姿勢でお茶の楽しみ方を生み出す辻利茶舗だからこそ、革新的な表現で日本茶の魅力を伝え、海外でも受け入れられたのかもしれません。日本茶が世界で愛されることはとても嬉しいですし、「世界のTSUJIRIは、小倉の辻利」と知ったときには、辻利茶舗に慣れ親しんでいる北九州市民として、なんだかとても誇らしい気持ちになりました。
辻利茶舗は、小倉の商店街内に2店舗、城内に1店舗あります。若松ショールームにお越しの際には、併せて訪れてみてはいかがでしょうか。
辻利茶舗
https://www.tsujiri.co.jp/store
TSUJIRI
https://tsujiri-global.com/shop
若松ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/wakamatsu.html
参考資料
https://www.tsujiri.co.jp/history
https://www.tsujiriichihonten.com/history.html
https://www.giontsujiri.co.jp/aboutus/history/