



【江戸時代の天ぷらの話】
江戸時代の「天ぷら」は、庶民の暮らしに身近な屋台料理でした。江戸の外食文化を象徴する「江戸の三味」として、寿司・蕎麦と並び、天ぷらが挙げられます。天ぷらは、今日では家庭料理やお惣菜、あるいはカウンターで食べる高級な印象が強い料理ですが、江戸の町では路地先の屋台で売られる気軽なファストフードとして親しまれていました。町人が住む長屋は密集していて火事が多く、火災防止の観点から屋内での油料理には制約があったと考えられています。そのため、天ぷらは気軽に立ち寄れる屋台料理として発達し、江戸独特の食文化を花開かせました。しかも天ぷらは一串四文前後とされ、現在の感覚では100円前後という求めやすい価格でした。
天ぷらの由来には諸説ありますが、ポルトガルから伝わったという説が有力です。鎌倉時代には、中国から禅宗と共に精進料理が伝えられました。精進料理では動物性食品を用いないため、油が重要なエネルギー源とされ、野菜を油で揚げる調理法が発達したと考えられています。「天麩羅」という漢字についても定説はなく、当て字として「天=高く揚がる」「麩=小麦粉」「羅=薄く広がる衣」などと読み解かれることがあります。また、「あぶら」を「天麩羅」と書いたという説もあり、油を用いる料理であったことがうかがえます。
現在の天ぷらと思われる料理法は、1748年に刊行された『歌仙の組糸』に記されています。「てんふらは、何魚にでも饂飩(うどん)の粉まぶして、油にて揚る也。但前にあるきくの葉てんふら、又牛蒡(ごぼう)、蓮根、長いも其他何にでもてんふらにせんには、饂飩の粉を水醤油とき塗付て揚る也」。このころには現代の天ぷらとほぼ変わらないものが食べられていたことが分かります。また、江戸時代後期の風俗・事物を説明した類書『守貞謾稿』では、天ぷらの食材について「江戸の天麩羅は、あなご、芝えび、こはだ、貝の柱、するめ」とあります。江戸の海ではこれらの新鮮な魚介類が獲れたため、江戸前天ぷらの普及を後押ししました。なお、江戸では魚に限って「天麩羅」と呼び、野菜を揚げたものは「精進揚げ」や単に「揚げ物」と呼んで区別していました。
屋台では天ぷら一切れごとに串を刺して揚げ、食べる際は串を付けたまま、醤油をだしで割り大根おろしを加えたタレにつけて食べました。大きな鉢のタレに客がそれぞれ串を差し入れて食べたため、一度つけた串を再びつけないという、いわば「二度づけ禁止」のような作法があったと伝えられています。現在の大阪の串カツ文化を思わせる食べ方です。江戸には大工や左官などの肉体労働者が多く、油をたっぷり使う天ぷらは貴重な高カロリー源として重宝されたと考えられています。ただし、一度に多く食べて身体が重くなることを嫌い、粋な江戸っ子は一、二本つまんで、さっと立ち去るのが格好良いとされたともいわれています。
屋台の看板には「胡麻揚げ」「榧(かや)の油」といった文言を掲げる店もあり、使用する油が品質の目安とされました。おもに用いられたのは胡麻油と菜種油で、特に胡麻油は魚介の臭みを抑え、香ばしく仕上がり、酸化にも強いことから好まれました。菜種油は野菜中心の天ぷらに使われ、安くて大量に作れたため、庶民向きでした。油はもともと高価なもので、寺社の灯明用として扱われていましたが、搾油技術の発展と菜種の増産により、江戸後期には庶民の手にも届く存在になりました。水車や「しめ木」と呼ばれる木製の圧搾機の技術が進化し、菜種の栽培が幕府主導で増えたのです。天ぷらには、徳川家康の死因が「鯛の天ぷら」であったという俗説も残されています。庶民の食べ物であった天ぷらが、天下人の逸話として語られている点は興味深いところです。
幕末になると料亭でも出されるようになり、天ぷらはファストフードから座って箸で食べる料理になりました。明治を迎えると、天ぷら専門店舗の「天ぷら屋」が出現し、注文主の家に出向き、座敷に道具を広げて目の前で揚げる「お座敷天ぷら」という商売も生まれました。しかし、屋台は街から消えず、庶民性が失われることはありませんでした。江戸で人気だった天ぷらが全国に広まるきっかけは、1923年(大正12年)の関東大震災後、職を失った職人たちが各地へ移住したことで、江戸前の魚介を用いた天ぷらの技術が全国に伝わり、庶民の味として定着していきました。
今日でも、胡麻油の香りが際立つ江戸の味を守る店は各地に残っています。なかでも庶民的な天ぷら屋が集まるのは、下町の浅草界隈です。現存する日本最古の天ぷら屋の一つとされるのは、天保八年(1837年)創業、浅草の「三定(さんさだ)」です。屋台から始まった江戸の天ぷら文化は、今なお下町に江戸の味として息づいています。天ぷらは、時代を超えて家庭から高級料理店まで、多くの人に親しまれている日本料理ですね。
中村銅器製作所 天ぷら鍋
https://www.shokunin.com/jp/nakamuradouki/tempura.html
conte こします
https://www.shokunin.com/jp/conte/oilpot.html
参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/天ぷら
https://www.kiwamino.com/articles/columns/26562
https://www.rekishijin.com/14541
https://www.abura.gr.jp/contents/shiryoukan/rekishi/rekish40.html
https://www.tenkuni.com/column01/