







【ドイツ老舗ぬいぐるみメーカー・シュタイフ社とタイタニックベア】
1847年、マルガレーテ・シュタイフは、ドイツの小さな町ギンゲンでシュタイフ家の三女として生まれました。1歳半の時に骨髄性小児麻痺を患い、両足と右手が不自由となるハンデを負ったことで、生涯を車椅子で過ごす生活となります。しかし、両親は障害があっても特別扱いはせず、自立できるようにと学校へ通わせて、姉弟たちと区別することなく彼女を育てました。彼女の努力やリハビリにより姉2人の洋裁仕事を手伝うようになり、ミシンによる機械化の恩恵も受け、障害のある手先でも洋裁の仕事ができるようにまでなりました。姉たちが嫁ぐと、周囲の勧めもあって、1877年に女性や子どもの洋服を製造販売する会社を設立します。マルガレーテの作る高品質な洋服やテーブルクロスなどの家庭用品を扱う店は、たちまち人気店へと成長します。
ある冬の日、ファッション誌からヒントを得て作った小さなゾウのぬいぐるみを、近しい大人や子どもたちへのクリスマスにプレゼントにすると、その愛らしさが瞬く間に評判となり、お店の前にはゾウのぬいぐるみを求めて行列ができるほどになりました。この1880年が、シュタイフ社の創業の年とされています。ぬいぐるみを手にして喜ぶ子どもたちを見て、マルガレーテは「子どもたちには最高のものこそふさわしい」と、ぬいぐるみ製造販売会社「フェルト・トイ・カンパニー」を新たに創業、甥のリヒャルトがシュタイフ作品の基礎となる数々の動物のスケッチを描き始めます。そうした中で1902年、本物のようなクマのぬいぐるみが考案され、腕と脚を動かすことのできる毛足の長いモヘアのクマのぬいぐるみが誕生しました。これが、世界で最初のテディベア(55PB)です。
マルガレーテは経営者として従業員たちにも気を配り、思いやることを生涯貫きました。障害を持つ人に仕事を与えたり、子どものいる人には会社へ連れてくることを認めたりと、今でこそ理解される世の中ですが、19世紀当時ではまだ珍しい開かれた会社をつくったのです。のちの1909年、61歳で天国へと旅立ちます。その後も機械を頼らず一つ一つ手作りしていくことを誓い、マルガレーテの精神とともに会社は引き継がれています。
シュタイフ社は、1912年に沈没した豪華客船タイタニック号の犠牲者に哀悼の意を込めて、82体のテディベアを製作しました。赤いフェルトで縁取られた目は、泣きはらした目を表現しているといわれています。当時の社会情勢から、追悼のためのテディベアは売れないだろうと少数生産になったと考えられています。このうちの1体が、のちに“タイタニックベア”として世界的に有名になりました。1990年にイギリスの名門オークションハウス「サザビーズ」の競売にかけられ、当時の最高額にて落札し大々的に新聞に載ったことから、通称タイタニックベアと呼ばれるようになりました。落札したのはアンティークが好きなアメリカ人のテディベアコレクターで、「オセロ」と名付け、30年間かわいがりました。その後、シュタイフ社のある町ギンゲンで2023年に開催されたアンティークシュタイフ特別オークションにて再び競売にかけられることとなり、テディベア史上世界最高額となるおよそ3,500万円で日本企業により落札されました。
シュタイフ テディベア
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大シュタイフ展 2025
https://www.steiff.co.jp/news/news_20251112_1.html
参考資料
https://www.steiff.co.jp/brand/
https://www.jteddy.net/othello/