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【印刷博物館】

日本における印刷の歴史は古く、奈良時代から始まったといわれています。その証拠とされるのが、年代が明確な世界最古の印刷物「百万塔陀羅尼」で、東京都文京区にある印刷博物館で見ることができます。「百万塔陀羅尼」は、当時の天皇が国家安泰を願い、延命や除災を願う経文「無垢浄光陀羅尼経」を100万枚印刷、同時に作らせた木製の三重小塔100万基の中に納めて、法隆寺をはじめとする全国のお寺に届けたものです。このように、当時は経典や仏教関連の資料を中心に印刷の技術が使われていました。その後約300年の間、印刷技術は停滞したとされています。当時の日本は識字率がとても低く、字を読めるのは一部の身分の高い人のみだったため、印刷物の需要が生まれなかったからではないかと考えられています。やがて平安時代に入り、『源氏物語』が大きな人気を得ますが、そもそも印刷ではなく書写で書き伝えられていました。

再び印刷の需要が高まったのは江戸時代のころ。江戸時代には木版印刷が大きく発展し、寺院や学者だけでなく庶民の間にも浸透していきました。寺子屋の普及などを通じて読み書きできる人が増えたことで印刷物が広まり、農業や医学の解説書、園芸や虫・鳥の飼い方など、暮らしに役立つものが木版印刷で刷られていたようです。また、江戸時代に庶民の間で流行っていたのが「浮世絵」でした。肉筆で描かれた一点物は大変高価で庶民には手が届きませんでしたが、木版印刷で大量に刷られるようになると、かけそば1杯ほどの値段で購入することができるようになりました。今回の展示では、浮世絵の制作工程を解説しているコーナーがありましたが、浮世絵が完成するまでには「絵師」「彫師」「摺師」によるさまざまな工程を経て作られていたことを知って、その職人技に衝撃を受けました。

明治時代に入ると、西洋から「活版印刷」の技術が導入されます。活版印刷は、活字を自由に組み換えられるため、多様な印刷物に柔軟に対応できるのが大きな特徴です。この技術の普及によって教科書や新聞が大量に刷られ、学校教育やメディア産業の発展に大きな影響を与えました。1960年代後半になると、高精細な仕上がりで多くの部数を扱えるオフセット印刷が普及し、現在でも主流の方式として使われています。さらに、柔軟な版を用いて布地や曲面にも直接プリントできる「シルクスクリーン印刷」や、文字を写真のように扱って組版する「写植機」など、多方面で効率化が進みました。この時期には商業広告の印刷物が一気に発展し、印刷博物館でも当時のポスター類を目にすることができます。印刷物の制作には本来多くの工程が必要ですが、それらをパソコン上で一括して行えるようになったのが、1990年代にアメリカから導入された「DTP」と「CTP」です。印刷工程がデジタル化されたことで、作業のスピードが上がり、コストも抑えられるようになりました。

印刷博物館では、肉筆の写しから木版印刷、機械化、そしてデジタル化へと受け継がれてきた日本の印刷の歩みを、実物資料とともに学ぶことができます。印刷方法は時代とともに変化してきましたが、そこには常に専門知識と高い技術を持つ職人が関わっていて、工程の複雑さに改めて驚かされました。印刷文化の継承と発展を目指して設立された同館は、2000年に開館し、2020年10月にリニューアルを迎えています。約7万点におよぶ印刷関連の貴重な資料を所蔵し、展示に加え、予約制の活版印刷体験や工房見学ツアー、ワークショップなど、楽しみながら学べるプログラムも充実しています。ご興味のある方は、ぜひ訪れてみてください。

印刷博物館
https://www.printing-museum.org/
銀座ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/ginza.html

参考資料
https://www.tims-net.co.jp/media/column/print-history1 
https://www.yamacs.co.jp/ct-column/%E5%8D%B0%E5%88%B7%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2/