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【菊地ガンモ店】

子どものころの記憶や思い出は特別な出来事でなくても、意外と大人になってからも鮮明に思い出せるものが多く、そんな記憶には、懐かしさやじんわりと心に広がる暖かさのようなものがある気がします。私の子どものころの記憶と共にあるお店が、北九州市若松区にある「菊地ガンモ店」です。

「菊地ガンモ店」(通称菊地)が創業したのは、今から65年ほど前のこと。名前の由来は、玩具と模型で「ガンモ」。駄菓子やおもちゃ、文房具が置いてあり、夕方になると近所の子どもたちが集まってくるような、いわゆる「町の駄菓子屋さん」です。毎日学校から帰ると、「菊地のおばちゃんこんにちは~(おいちゃん・おばちゃんは親しみを込めて呼ぶ方言です)」と、100円玉を握りしめて弟や友達と一緒に通いました。夕食までの小腹を満たすために、その日のラインナップを予算内であれこれと考えながら決める真剣な買い物です。「おばちゃんこれいくら?」と尋ねると、「そのクジは20円やけ、あと80円やね。さぁいいのが当たるかな?」という風に、菊地のおばちゃんとの会話と算数をしながら購入します。

菊地のすごいところは、駄菓子やおもちゃだけでなく、文房具も豊富に取り揃えてあるところでした。新しいノートを持っていかなくてはならないのに、母に言い忘れて用意ができていないときでも、菊地に行けばすべて解決します。登校前に菊地に寄れば、店の奥からおばちゃんが探して持ってきてくれるのです。そんなに広くはない店内なのに、どうして何でも出てくるのか、魔法のお店のようでした。朝早くに行ったときでも、「開いてなかったらこっちからおいで。いつでも開けてあげるからね」とおばちゃんは自宅のドアを指差して言ってくれました。

先日、久しぶりに菊地に行った時もおばちゃんの笑顔はそのままでした。人気だった商品もコロナ禍で製造元がやめてしまい販売できなくなったこと、物価高で駄菓子も値上がりしてしまっていること、子どもの数は少なくなってしまったけれど、かつて菊地に通っていた子たちが大人になって来てくれて、駄菓子の「大人買い」をしてくれるのでとても助かっていることなど、いろいろとお話をしてくれました。気づけば私も駄菓子を大量に選んでいて、おばちゃんが昔から変わらない大きなそろばんを弾き、会計してくれました。「最近はこれも一緒に使うけどね」と、そろばんの横には電卓が並んでいました。

私が子どものころは歩いていける範囲に菊地のような駄菓子屋がほかに3つほどあり、遊ぶ公園の場所や友達と相談して、その日に行く駄菓子屋を決めたりもしました。夏休みには市民プールで泳いだあと、駄菓子屋でアイスを買って食べながら帰るのが定番コースでした。菊地のような素朴で優しさにあふれるお店に通えた私の子ども時代は、なんて幸せで豊かなものだったんだろうと、大人になった今感じています。全国的に菊地のようなお店は減少していて、なくなってしまう日も近づいているのかもしれませんが、一日でも長く地域の人に愛されるお店が続くように、一人でも多くの人の記憶に残り続けますようにと心から願っています。

当店若松ショールームのある上野ビルをはじめ、若松は懐かしい「あのころ」を思い出させてくれるような建物、町並みが今でも残っている場所です。風景だけでなく、人情味ある人たちの作り出すほっこりするような空間が、丸ごとそのままであることこそ、若松の最大の魅力だと私は思っています。みなさんそれぞれの中にある懐かしい「あのころ」を探しに、ぜひ若松へお越しください。

菊地ガンモ店
https://maps.app.goo.gl/ZUKjo6LY82Q5tgbaA
若松ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/wakamatsu.html