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【迎え火と送り火に、線香花火】

日本人の生活に深く根付いている「お盆」。ご先祖様の魂を迎えて供養する大切な行事として、一般的には8月13日から16日までの4日間がお盆とされています。ご先祖様が帰ってくると考えられているこの時期は、提灯やお供え物などを飾ったり、親族が集まるためのおもてなし料理を用意したりと大忙しの家もあるかと思います。子供のころは、お墓参りに親戚の家回り、花火に盆踊りにと、慌ただしく過ごしていた記憶があります。きっとご家庭それぞれに、代々受け継がれたお盆の準備やお盆の過ごし方があるのではないでしょうか。

我が家のお盆の準備で大切にしているのは、「迎え火」と「送り火」です。「迎え火」とは、お盆の初日にご先祖様の魂が家に迷わず辿り着けるように、そして「送り火」は、お盆の最終日にご先祖様のお見送りのためにと、玄関先で火を焚いたり、提灯に火を灯したりと形式もさまざまです。この時期に行われる花火大会や大文字焼きもお盆の「迎え火」や「送り火」の意味が込められています。我が家においては、「迎え火」と「送り火」には線香花火をするというのが母のささやかなこだわりで、藁で作られた線香花火を毎年リクエストされています。さて、線香花火と聞いてすぐにイメージするのは、藁の先に火薬を付けたもの、和紙で火薬を詰めてよったもののどちらでしょうか?

線香花火の歴史は江戸時代まで遡ります。藁の先に火薬を付けて、それを香炉に立て、火をつけて遊んでいたことが始まりといわれています。300年変わらない線香花火の原形とされるこの花火は、米作りが盛んで藁が豊富にあった関西地方で親しまれてきたそうです。それが関西から伝わる際に、関東地方では米作りが少なく紙すきが盛んに行われていたため、藁の代用品として紙で火薬を包んで作られ、全国に広がっていきました。

日本生まれの線香花火ですが、現在、量販店などで販売されている線香花火の多くは中国産となっています。昭和のころは、福岡県、愛知県、長野県は花火の生産が盛んで、全国各地で作られていたそうです。徐々に外国産の商品が日本に入ってくるようになり、価格差に押されて廃業する花火業者が出始め、長野県、愛知県に続き1999年、福岡県にあった最後の一社が廃業したことで、国産の線香花火はいったん姿を消し、手に取れなくなってしまったそうです。その後、国産の線香花火は復活しますが、作っているのは国内にたったの3カ所で、群馬県、愛知県と、福岡県です。さらに、関西から九州にも広まった藁の線香花火「スボ手牡丹」を作っているのは、福岡県みやま市にある筒井時正玩具花火製造所のみだそうです。

まもなくお盆を迎えます。製造元のお話によると、線香花火もワインと同様、「熟成」によって味わいが深まるそうです。時を経た線香花火は、どこかやわらかく、あたたかみのある火花を散らすとのことで、昨年から保管しておいた花火に火をつけるのがとても楽しみです。皆さまも、良きお盆をお過ごしください。

岩本清商店 豆火鉢
https://www.shokunin.com/jp/iwamoto/hibachi.html

参考資料
https://tsutsuitokimasa.jp/about
https://www.hanabiya.co.jp/