









【アンゼルム・キーファーの「ソラリス」】
先月から二条城の二の丸御殿台所と御清所で、戦後ドイツを代表するアーティストであるアンゼルム・キーファーの大型個展「ソラリス」が開催されています。当店三条ショールームにご来店くださるお客様との会話でも話題に上ったことと、アート好きな友人が京都旅行の目的の一つにしていたこともあり、私も一緒に訪れることにしました。
予約していた日は朝から雨。ただあいにくというよりも、雨の日に訪れて良かったとも思えるような、変化する空間や環境が作品の一部に融合されていました。鑑賞する人々それぞれの感情はダイナミックに包括され、そして繊細に語り合える、そんな作品に囲まれた時間を過ごしました。
「ソラリス」のチラシが街なかで配付される前、コンテンポラリー・アートに疎い私は世界的に高い評価を受け続けられているアンゼルム・キーファーのことを知りませんでした。検索すると国内美術館に所蔵された作品も多く、前回日本で個展を開催したのは1993年。今回の展示はアジア最大規模のもので、その開催地が日本を代表する城郭と庭園という、なんとも事前に想像しがたい展示だと思っていましたが、Eテレの『日曜美術館』で予習ができ、加えて友人の提案で、作品鑑賞の前夜祭として作家にまつわるドキュメンタリー映画『アンゼルム“傷ついた世界”の芸術家』(2024年)を観ました。映画で目にした芸術家は、向かいの壁が見えない広大なアトリエを口笛吹きながら自転車で移動し、少年時代の自分と無言で会話を続け、そして黙々と流動する金属を重ねて創作するも、歪まれた作品解釈の修正を怠りません。スクリーンにあふれ出す、絵画なのか彫刻なのか言い切れない大きな作品たちはいったいどんな語りをしてくれるのか、そんな緊張が混じった思いと共に翌朝、雨の二条城に向かいました。
一番先に目にしたのは、映画にもチラシにも表れる力強い彫刻『ラー』(2024)。翼を生やし空へ羽ばたこうとするパレットと、それを地に縛り付けようとする大蛇。大きな彫刻ですが人を近くまで引き付けようとする力があります。真下まで行くと陰影や視野の限界で何かが見えなくなってしまい、上を向くと、一度作品に当たっているだろう雨粒がさらに弾けて顔に降りかかります。実はこれが作品との距離を自ら見つける旅の始まりだったのです。
湿度の増加が原因か、二の丸御殿台所の会場に入ると、大きな作品の全貌を知る前に感じ取ったのは、顔料あるいは素材の匂いでした。この匂いの濃淡を味わいながら、一部の建具や格子窓から入る限られた自然光を頼りに、次々と作品に出会います。端末にダウンロードする形式の案内図はこの上なく簡単なもので、鑑賞順番も書いてありませんでしたが、そこから得た情報として作品に使われた素材の種類の多さに驚きました。重ねられた油彩、絵具、ニス、石膏、そして電気分解による沈殿物とさまざまな物質は、作品を横から観ると塊として付着していて、対照的に空気の流れによってなびく繊維のようなものは、無言で何かを囁いているようでした。
最も奥の空間に広がる作品は遠くから見ると金色に輝く麦畑ですが、その名は『モーゲンソー計画』(2025年)。タイトルからだけでなく、近づけば麦穂ひとつひとつの荒廃感があらわになり、根元に散りばめられたイメージの象徴を想像する来場者は、皆足を止めてしまいます。呼吸を忘れて顔を上げると、屋外にまた彫刻群が見えます。古代において各々の分野で重要な知的貢献をしながらも、歴史の中で見過ごされてきた女性たちの像ですが、厳かなドレスの裏にどんな物語が潜んでいるでしょうか。雨の日の解釈は色味が深くなりがちで、ドレスの裾には少し水が溜まっているようにも見えました。
二条城にて開催のアンゼルム・キーファーの個展「ソラリス」は6月22日まで。京都では最終日まで彼を追跡した映画を上映しています。「会話できる作品」との時間を、ぜひお楽しみください。
「アンゼルム・キーファー、ソラリス」展
https://kieferinkyoto.com/
映画『アンゼルム“傷ついた世界”の芸術家』
https://unpfilm.com/anselm/
ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/
参考資料
https://bijutsutecho.com/artists/265