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【檸檬さんぽ】

実家の庭からレモンが届きました。澄んだ黄色のコロンとした姿に心が弾みます。

「いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰った紡錘形の格好も。」

レモン、といえば思い出すのが梶井基次郎の『檸檬』。この作品が発表されてから今年でちょうど100年になります。憂鬱な気分に苛まれる主人公が、ふと八百屋で見かけたレモンに心惹かれて買い求め、その後立ち寄った書店・丸善の本の上に、レモンを置いて立ち去るという物語。10ページにも満たない短編ながら今なお多くの人を魅了し、2005年に京都の丸善河原町店が閉店になった際にはレモンを本の上に置いて立ち去るファンが後を絶たなかったことも話題となりました。

ところで、第三高等学校(現・京都大学)で青春を過ごした梶井基次郎がよく訪れたという当時の丸善は、実は河原町ではなく三条麩屋町にありました。三条ショールームのあるSACRAビルから一筋東のご近所さん。1915年竣工のSACRAビルはその当時すでに存在していたので、この建物はきっとこの辺りを歩く基次郎の姿を見ていたはず、と、窓ごしに昔の往来を想像してみたりします。

この辺りが舞台とあって『檸檬』の主人公の足跡を辿り、三条ショールームまでの道のりを改めて寺町二条から歩いてみました。主人公が檸檬を買った果物屋「八百卯」は2009年に惜しまれつつ閉店し、今はビルの工事中でしたが、周辺には古道具屋さんや古本屋さん、雑貨屋さんなどがあり、古さと新しさが混ざり合っています。珍しいボタンがたくさん揃う昔ながらのボタン屋さんでは、思わずかわいいボタンを購入し、しばしお店の方と『檸檬』談義。文学ファンの方も、そうでない方も、京都にお越しの際はぜひ一度歩いてみていただきたい楽しい通りです。

学生時代に読んで強い印象を受けた『檸檬』ですが、そういえばほかの梶井基次郎作品を知らないことに気づきました。調べてみると、すべて合わせてもわずか20編ほどの短編、同じくらいの数の習作、いくつかの断片が残るのみ。それもそのはず、彼は肺結核により31歳の若さで亡くなっているのです。絶え間なく移ろう自らの心を捉えた基次郎の言葉の曇りなさは、死を強く意識しながら生きるゆえだったのでしょうか…。その死があまりにも早かったことが惜しまれますが、のちに小林秀雄や三島由紀夫らによって高く評価され、広く世に知られることとなりました。3月24日の命日は「檸檬忌」と呼ばれ、今も愛され続けています。

今夜は『梶井基次郎全集』を片手に、レモンティーを飲むことにしましょう。

大寺幸八郎商店 かなまり 中
https://www.shokunin.com/jp/otera/kanamari.html
セラミック・ジャパン モデラート ティーポット
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三条ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/sanjo.html

参考資料
『梶井基次郎全集 全一巻』(ちくま文庫、1986年)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%B6%E4%BA%95%E5%9F%BA%E6%AC%A1%E9%83%8E