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【ピェンロー鍋】

寒さが増すと鍋料理が食べたくなりますね。ピェンロー鍋を作られたことはありますか?

ピェンロー鍋の“ピェンロー”(扁炉)とは、中国で“鍋料理”を意味し、中国北方(北京や河北省など)の冬の家庭料理として広く親しまれています。日本では、舞台美術家で作家の妹尾河童さんが、著書『河童のスケッチブック』でご紹介したことで、一躍有名になりました。

一般的なピェンロー鍋には魚介類や牛肉、ほうれん草が使われ、白菜は入れないのですが、妹尾河童さんが紹介する作り方は、中国の普通のピェンロー鍋とは異なり、特定の地域でしか見られないレシピだといわれています。中国では妹尾河童さんの著書を通じて初めてピェンロー鍋を知ったという人も多いそうです。

この鍋は、白菜、干し椎茸、鶏肉、豚肉、そして春雨だけの鍋で、それ以外は何も入れないのが重要なポイントです。鍋に干し椎茸の戻し汁と、水と白菜を入れ、沸騰したら鶏肉、豚肉、椎茸、ごま油大さじ4杯ほどを入れて40分ほど煮込み、最後に水で戻した春雨を加え、もう一度ごま油をたらりと入れて出来上がりです。

食べ方にもルールがあり、各自、自分のお椀に少し多めの塩と一味唐辛子を入れ、鍋の汁を注いで塩を溶かし、その中に具材を入れて食べます。鍋の締めには白飯を加えてお粥にするのが定番で、そのおともには「べったら漬」がよく合うとされています。べったら漬は、塩で下漬けした大根を米麹と砂糖で漬け込んだ、瑞々しい東京のお漬物。江戸時代にはおもに秋から冬にかけて日常的に食されており、毎年10月19日と20日には東京・日本橋で「べったら市」が催されています。

さて、この鍋の味の要となる干し椎茸について触れてみます。椎茸のDNAを解析すると、原産地はボルネオで、日本を経由して中国大陸や朝鮮半島に広がったことが分かるそうです。干し椎茸は、伝説によれば9世紀ごろに弘法大師が中国から持ち帰り、その食習慣を伝えました。16世紀になると干し椎茸のお菓子が作られ、江戸時代には庶民の口にも届くようになりました。干し椎茸は盆や正月、法事などの「ハレの日」のご馳走として限られた場面で使用されていました。

中国で生まれた乾物文化の干し椎茸ですが、生の素材を乾燥させることで保存性に優れるだけでなく、乾燥によって旨味が増すことも古代中国人は知ってたのでしょう。干し椎茸には生椎茸と比べてビタミンDが約10倍含まれています。このビタミンDは免疫を調節し、風邪やインフルエンザ、気管支炎や肺炎などの感染症の予防に効果があるとされています。

この冬の鍋料理のレパートリーに、ピェンロー鍋を加えてみてはいかがでしょうか?

松山陶工場 土灰斑点土鍋 大
https://www.shokunin.com/jp/matsuyama/donabe.html

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/扁炉
https://ja.wikipedia.org/wiki/妹尾河童
https://www.olive-hitomawashi.com/column/2018/11/post-2225.html
https://www.dancyu.com/user/collection/362
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/34_8_tokyo.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/シイタケ
https://j-shiitake.com/sen-nen_no_rekishi/
https://www.zenyaku.co.jp/k-1ban/detail/bitamin_d.html