【井波彫刻と雲棚】
当店で扱っている雲をかたどった木彫刻、ここかしこの「雲棚」。人気商品であると同時に、「これはなんですか?」とお尋ねいただくことも多い商品です。ヤスリなどを一切使わず、ノミだけで彫られているのですが、表面は木そのままの光沢があり、触れるととてもなめらか。楠でできているので、置いておくだけで辺りに良い香りが漂います。
雲は古来日本美術の中でも神聖なものを表す場面や、吉祥の図案として用いられてきました。雲棚の雲の形には、どことなく平等院の雲中供養菩薩の愛らしいお姿を彷彿とさせる雰囲気があるなぁと思っていたら、実際、雲中供養菩薩からインスピレーションを得てデザインされたのだそうです。この不思議な雲棚は何に使うものなのか、その説明はあとにして、これを生み出している彫刻技術とその職人さんの歴史に少しばかりお付き合いください。
雲棚は、江戸時代から富山県南砺(なんと)市で培われてきた井波彫刻に携わる複数の職人さんたちの手によって作られています。井波彫刻の歴史は江戸時代に遡るのですが、その誕生には、それよりずっと古い、明徳元年(1390年)の瑞泉寺建立が深く関係しています。この寺院は真宗大谷派別院として井波に建てられたのですが、この地域に吹く「井波風」という南風によって、創設以来たびたび焼失し、再建を繰り返してきたそうです。江戸時代中期の本堂再建の折、京都から前川三四郎という御用彫刻師が本堂彫刻のために派遣されました。再建には地元の大工たちも参加し、彼らが前川三四郎に弟子入りして彫刻の技法を学んだことが、井波彫刻の始まりとなります。以来、いつしかこの地域一帯が井波彫刻の職人の町として発展し、全国の寺社仏閣の彫刻をも手がけるほどになりました。ヤスリを使わず、200~300種類のノミを使い分けて掘り上げる繊細かつ豪壮な作風を特徴とし、とりわけ寛政四年(1792年)に瑞泉寺勅使門(ちょくしもん)に彫られた「獅子の子落とし」は、日本彫刻史上の傑作とされています。また、井波彫刻の祖となった前川三四郎による瑞泉寺山門の「雲水一疋龍」は、大火の折、龍が抜け出して水を吹き門を類焼から守ったという伝説も残されるほど、生き生きとした存在感を放っています。
こうした神仏に捧げる祈りの心によって磨かれてきた井波彫刻の技術。近年では寺社だけでなく、民家の室内彫刻やインテリアなどにも広く展開するようになりましたが、現代においても大きな欄間や繊細な仏具への彫刻には数カ月から数年を要するといわれます。地域に根ざした高い技術力や芸術性が全国から認められており、今も瑞泉寺の門前町には至る所に彫刻が見られ、職人さんたちが木を彫る音が響いています。
さて、この「雲棚」は、神社で頂いてきたお札をお祀りしたいけれど神棚を置くのはちょっとハードルが高い…。そんな現代の暮らしの中での祈りに寄り添った発想から誕生した、壁掛け式の神棚です。裏にマグネットが付いていて、画鋲で壁に固定することができるようになっています。お札を祀る際は、人の目線よりも高く、日当たりや風通しの良い、「人間にとっても心地よい場所」に設置すると神様が喜ばれるそうです。また、神棚としてでなくそのままオブジェのように飾っても、ノミで彫り出された確かな形と楠の香りが空間をキリリと引き締めてくれてすてきです。
井波彫刻の伝統を受け継ぐ何人もの職人さんが製作されているため、一点一点少しずつ表情が異なります。それぞれの雲の個性を、ぜひ味わっていただければと思います。
ここかしこ 雲棚
https://www.shokunin.com/jp/kokokashiko/
参考資料
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story059/
https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no56/05.html