【奈良の洞窟壁画】
奈良の洞窟壁画といえば、明日香のキトラ古墳や高松塚古墳が有名ですが、実は奈良市内にも洞窟壁画があるのをご存じでしょうか?私は知りませんでした。去年の春、山で偶然出会うまでは。
その日、若草山に登ろうと思ったのは、ほんの出来心。良いお天気だったので、山の上で散り初めの桜でも楽しもうと思ったのです。早春の「山焼き」で知られる若草山は、近鉄奈良駅から奈良公園を通り、更に春日大社を通り抜けた先にあります。麓から山頂までは3~4キロ程度。道も整備されているので気軽なハイキングを楽しむことができます。遠くから見ると小さな丘のように見えるのですが、山頂から一望する大和平野はなんとも言えず美しく、大好きな場所です。
さて、普段は奈良に詳しい人が一緒なのですが、その日は一人。いつもの登り口を見つけられず、検索して出てきたいくつかの登り口の一つに当たりをつけ、桜吹雪と芽吹き初めの淡い新緑の中を意気揚々と登り始めました。が、歩いても歩いても、聞こえてくるのは鳥の声と森の葉ずれの音ばかり。すれ違う人もなく、山頂に出る気配がまるでありません。なんだかおかしいぞ、引き返したほうがいいかもしれないと不安に思い始めたころ、道しるべに「地獄谷石窟仏」の文字が。まだ数キロ先ですが、気になってそのまま進むことにしました。
石畳の旧道を抜け、荒れた林道のような道を通り、むき出しの急斜面をよじ登ると、急に目の前が開けて岩の洞窟が現れ、その中に壁画がありました。岩に輪郭線を刻んで着彩した素朴な仏さまです。制作年代は「奈良時代・不詳」とはっきりしないようですが、何百年も風雪に耐えてきたとは思えないほど鮮やかな朱色に息を呑みました。ちょうど午後の光が洞窟に差し込んで壁画を照らし、「奈良の宝石」と謳われる青く輝くルリセンチコガネが、まるで番人のように行ったり来たり。静まり返った森の中にその羽音だけが響いていました。その場所に古の人々の信仰の気配が残っているように思われて、ご縁に感謝しつつ、しばし手を合わせます。石窟の前は鉄格子で保護されており、近づくことはできません。差し込んだ光が強すぎて、写真を撮ったらハレーションを起こしてしまいました。
しばらく静かな時間を過ごし、その場所を後に。更に進んで若草山山頂への道しるべが出てきた時には、心底ホッとしました。ようやく山頂に到着したのは日暮れ前。美しい大和平野を眺めやり、最後はふらふらになりながら山を降りました。あとで確認したところ、やはり登り口を間違えていたことが分かりました。ちょっとしたハイキングのつもりが、17キロ近くも歩いてしまったようです。
よく訪れている奈良ですが、駅から遠くないところにこんな場所があったとは。不注意を猛省しつつ、奈良の魅力の奥深さを感じさせられた一日でした。もしもお出かけになる際は、くれじぐれも事前にしっかりと地図でご確認を。それから歩きやすい靴と飲み物をお忘れなくご用意くださいね!
参考資料
http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/02nature/01mountain/01north_area/wakakusayama/
http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/03history/04stone/01north_area/jigokudanisekkutsubutsu/
https://www3.pref.nara.jp/yamayaki/