


【行平鍋】
片手鍋といえば思い浮かぶアルミ製の「行平鍋」。お湯を沸かしたり、お味噌汁や煮物、インスタントラーメンとオールラウンドに使えるので、実用的なお鍋の定番としてお使いの方も多いのではないでしょうか?
行平鍋は、平安時代の歌人として知られる在原業平の兄の、公卿・歌人である行平が、京から須磨(兵庫県神戸市須磨)へ配流された際、海女の姉妹に海水を汲ませて塩を焼いたという故事にちなんで名付けられたといわれています。海女の松風と村雨という二人の姉妹が、去っていった高貴な恋人の在原行平を偲ぶという、能の名曲『松風』にも取り上げられた伝説のお話です。小倉百人一首にも入集されている和歌に、行平がこの姉妹に贈ったものがあります。
「立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む」
これでお別れです、でも因幡の国の山に生える松のように「ここでずっと待っているよ」とあなたが言うならばすぐにでも帰って来ましょう、という意味です。この歌は行方知れずになった飼い猫を呼び戻す猫返しのおまじないとして、今も知られています。
行平鍋は、「雪平鍋」や「ゆきひら鍋」とも書きます。行平の名前にちなんだ由来の「行平鍋」と、海女の姉妹に塩を作らせた時に、鍋の中の塩が雪に見えたことから、行平が自身の名と「雪」とを掛け名付けたという由来の「雪平鍋」があります。またまったく別の説では、鍋の打ち出し模様の槌目(つちめ)が、雪のように見えるというものもあるようです。
「行平鍋」は、もともとは土鍋でお粥を炊くのに用いられていました。取っ手や蓋と注ぎ口の付いた陶製の深鍋で、銅製の鍛造鍋もありました。土鍋でご飯やお粥を炊くと、熱伝導率が低く温度上昇が緩やかなので、米に含まれるアミラーゼというでんぷんを糖分解する酵素がよく働き、お米の甘みやうまみが引き出されます。そして、保温性も高いので温かいまま食べることができます。広く流通している軽くて安価なアルミ製は、昭和20年代中ごろから普及するようになりました。
現在行平鍋には、アルミや銅、ステンレスなど、いろいろな素材がありますね。アルミ製の鍋は、熱伝導率が高いので素早くお湯を沸かすのに最適です。業務用の鍋として場所を取らず重ねて収納しやすいように、蓋がありませんでした。行平鍋の底面や側面には、打ち出し模様の槌目があり、これは鍋の強度と熱伝導性を高めるためのものです。銅製は高価ですが、更に高い熱伝導性と殺菌効果・耐食性、使い込むほどに色合いが飴色になる経年変化を楽しめます。それぞれに特性を持つ行平鍋をぜひ使ってみてください。
松山陶工場 行平鍋
https://www.shokunin.com/jp/matsuyama/
中村銅器製作所 行平鍋
https://www.shokunin.com/jp/nakamuradouki/yukihira.html
参考資料
https://kotobank.jp/word/行平鍋-651647
https://ja.wikipedia.org/wiki/在原行平