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【奥野ビルと詩人・西條八十】

『東京行進曲』という曲をご存じでしょうか?1929年(昭和4年)に公開された映画の主題歌です。
文藝春秋社の創設者である菊池寛の小説が原作、映画監督は『雨月物語』や『山椒大夫』などの、
日本の女性映画を代表する監督の一人である溝口健二によって制作されました。
この曲の作詞は西條八十、作曲は中山晋平、唄は佐藤千夜子、
1920年代の西洋文化の影響を受けた先端的な若い男女のモボ・モガが行き交う昭和初期の開放的な銀座の風俗、
浮華な現代の首都人の生活のジャズ的諷刺詩が唄われています。

銀座ショールームのある奥野ビルは、1923年(大正12年)の関東大震災後の復興後に建設されました。
設計は川元良一氏、九段会館・表参道ヒルズの場所に建設された同潤会アパートなどで知られる建築家です。
耐久性を高めるように作られた鉄筋コンクリート構造で、
外壁は耐震耐火性能に優れたスクラッチタイルで地上7階と地下1階から成り、
棟の左側は昭和7年、右側は昭和9年と2度に渡って建設されました。
当時はビルの前面に三十間堀川の流れと柳並木が眺めることができたそうです。
ビルは当時「銀座アパートメント」という建物名で、
時代の先端の文化・芸術の発信地の銀座界隈屈指の画期的な高級アパートメントでした。
各部屋には電話が引かれ、手動エレベーターと地下1階には共同浴場、天井が高い7階はヨーロッパに多くあるような共同洗濯室がありました。
そして、銀座アパートメントを住居・仕事場としていたのは
『東京行進曲』の制作メンバーである詩人の西條八十、日本初のレコード歌手の佐藤千夜子、
小説家の菊池寛、映画監督の溝口健二、女優の田中絹代といった名だたる面々でした。

詩人の西條八十は、大正から昭和の戦前から戦中・戦後・高度成長期まで約50年にわたり、
童謡から流行歌まで幅広く作詞を手掛けました。
昭和歌謡の源流といわれる彼の有名な曲は『東京音頭』『蘇州夜曲』『青い山脈』『かなりあ』『肩たたき』など、
どこかで一度は聴いたことがあるのではないでしょうか?
2020年放送のNHK連続テレビ小説『エール』では、
主人公は昭和の代表する作曲家の古関裕而がモデルで、西條八十も登場していました。

西條八十の手掛けた『東京行進曲』と『銀座の柳』には銀座の柳が出てきます。
銀座の街路樹は明治17年頃は柳に統一されていました。
柳が使用されたのは、銀座はもともと湿地帯を埋め立ててできた街だったので、水に強い柳が適していたからだそうです。
その後、関東大震災で柳は焼失し銀座の街に新たに銀杏が植えられていく中で、
西條八十は『東京行進曲』の歌詩に『昔恋しい銀座の柳』と書きます。
その曲が大ヒットし、朝日新聞社などから柳が寄贈され、柳の街路樹は復活します。
『銀座の柳』では「植えてうれしい銀座の柳~銀座うれしや柳や招く 招く昭和の人通り」と歌われました。
その後銀座の柳は、東京大空襲でまたほとんど焼失するのですが、
また植栽されて現在は銀座のシンボルとなっています。

当時の面影が残る奥野ビルと銀座の歴史ある柳、
華やかな昭和の頃に思いを馳せながら、銀座の街にぜひいらしてください。

銀座ショールーム(金土日月の12-18時に営業)
https://www.shokunin.com/jp/showroom/ginza.html

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/東京行進曲
https://ja.wikipedia.org/wiki/西條八十
https://www.esna.co.jp/frontline/6940/
https://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/?trgt=20210206
https://www.ginza.jp/column/5014
https://ja.wikipedia.org/wiki/銀座