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【雪国の暮らしと刺し子】

東北地方などの寒い地域は綿の栽培に適さず、綿製品は貴重品として扱われていました。
しかし、自給自足でできた麻は目が粗く、寒さの厳しい冬を過ごすのには向いていなかったため、
耐久性や保温性を高めるために「刺し子」が生まれました。

刺し子は、青森県津軽地方の「こぎん刺し」、青森県南部地方「菱刺し」、
山形県庄内地方の「庄内刺し子」が日本の三大刺し子といわれています。

「こぎん刺し」
厳しい倹約令の下、麻の着物しか着ることが許されなかったことから、
こぎん刺しが発展したといわれています。
こぎん刺しには「東こぎん」、「西こぎん」、「三縞こぎん」の3種類があり、模様や使用する糸に違いがあります。
こぎん刺しの基礎模様はモドコと呼ばれ、約40種類存在するそうです。
基礎模様を巧みに組み合わせることで大きく美しい幾何学模様が生み出されます。  

「菱刺し」
麻布に木綿の裏地をつけて麻糸で刺し綴ったものが菱刺しの原型だといわれています。
こぎん刺しとの違いは差し目の数え方にあり、
こぎん刺しは縦の織り目に対して、規則的に奇数の目を数えて刺し、菱刺しは偶数に目を数えて刺します。
これによって横長の菱模様が生まれるそうです。

「庄内刺し子」
上方へ物資を運ぶ船が戻ってくる際に、上方から木綿製の古着を運んでいました。
その木綿を最後の最後まで大切に使うために刺し子が発展したといわれています。
麻よりも目の細かい木綿を刺しているため、緻密な模様が特徴です。
縫い詰まりが起こって布が小さくならないようにするために、
刺し終わったあと、布と糸を馴染ませる作業があるそうです。

民藝運動を行った思想家の柳宗悦は、
「名も無い津軽の女達よ、良く是程のものを遺してくれた。
麻と木綿とは絹の使用を禁じられた土地の布であった。
だが、虐げられた禁制のなかで是程の美しいものを産んでくれた」
と、こぎん刺しを絶賛しています。
冬は雪に閉ざされる地域、当時の女性にとって刺し子は重要な仕事であり娯楽であったそうです。
雪が降る中、家で黙々と作業をする姿が目に浮かびます。

刺し子は、人々の知恵が詰まった、
用の美と見た目の美しさの両方を兼ね備えている、暮らしの中で生まれた芸術と言えます。

銀座ショールームでは現在、山の形の刺し子のお守りを展示しています。
近くにいらした際には、ぜひお立ち寄りくださいませ。

山の形 刺し子のお守り
https://www.shokunin.com/jp/yamanokatachi/sashiko.html
銀座ショールーム(金土日月の12-18時に営業)
https://www.shokunin.com/jp/showroom/ginza.html

参考資料
https://tsugaru-kogin.jp/about-kogin
https://kogin.net/rekishi2.html
https://hishizashi.com/about/
http://tohoku-standard.jp/standard/yamagata/shonaisashiko/