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松阪木綿の特徴である縦縞は「松坂嶋」とも言われ、現在でも、歌舞伎役者が縞の着物を着ることを「マツサカを着る」と呼ぶことからも、縞と言えば松阪木綿が代表的な存在であったことが分かります。

「松坂嶋」のシマは、15世紀に現ベトナム北部周辺で織られていた「柳条布」という、柳の葉の葉脈のように細い縞柄の綿布がもたらされたことによる、「嶋渡り(舶来)」から来ており、それゆえにシマ柄と言われるようになったといわれています。

江戸時代、松阪木綿(当時は伊勢木綿、または勢州木綿という呼び名でした)が大流行。江戸の人口が100万人といわれた当時、年間50数万反を売り上げていました。特に日本橋大伝馬町一丁目は、「一丁目(大伝馬町)は伊勢店ばかり」と揶揄されるほど伊勢国出身の木綿問屋が集まっていて、歌川広重の錦絵にもその様子が描かれています。

当時江戸では、倹約令によって華美な着物を堂々と着られなくなっていたところでした。気質や態度、身なりなどがさっぱりとあかぬけしていて、しかも色気があり、無駄に飾り立てず、派手に目立たぬことを「粋」と呼び、その「粋」を誇りとした江戸の庶民。遠目から見ると無地のように見えて近付いてみると、さまざまな縞柄模様が粋でお洒落だとして、江戸っ子をとりこにしました。

生産地である松阪に、ひと頃は千をも数えた織元ですが、現在はたったの一軒を残すのみ。この一軒だけで松阪木綿の全生産を支えています。丸川商店では、この最後の織元と協力して松阪木綿の継承と再興に取り組んでいます。

正藍染めの糸を使い、洗うほどに深みを増す藍の青さを連ねた縞模様と素朴な風合いを手に、街を闊歩するのも乙なものですね。

丸川商店 あづま袋
https://www.shokunin.com/jp/marukawa/azuma.html
丸川商店 しじみ
https://www.shokunin.com/jp/marukawa/shijimi.html

参考資料
https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/kanko/matsusakamomentoha.html