2026年03月

S__319725571

S__319725572

S__319725573

S__319725574

S__319725575

【冬の天狗山】

北海道・小樽市の天狗山スキー場は、小規模ながらも小樽港を眼下に望みながら滑走できる、眺望の美しいスキー場です。北海道で民間利用のリフトが初めて設置された歴史あるスキー場で、長年にわたり市民に親しまれてきました。穏やかな春の日差しを感じる日も増えてきましたが、山一面は今も白い雪に包まれています。近年では、海外からの観光客を乗せた大型バスが絶え間なく訪れ、山頂行きのロープウェイ乗り場に長い列ができる光景も日常となりました。先日、冬季オリンピックでの選手たちの活躍に感化され、数年ぶりに天狗山スキー場を訪れました。

北海道にスキーが伝えられたのは、明治末期の1908年(明治41年)。当時、東北帝国大学農科大学(現在の北海道大学)に赴任していた、ドイツ語講師のハンス・コラーがスキーを持ち込み、学生たちが札幌市の三角山で草分け的に練習をしたのが始まりとされています。1912年(明治45年)には、オーストリア軍人のレルヒ中佐が旭川の師団へ技術指導を行い、その後、スキーは軍事技術から民間スポーツへと広がりを見せます。1923年(大正12年)には、日本最初の公式スキー大会「第1回全日本スキー選手権大会」が小樽市で開催されるなど、北海道は日本のスキー文化の礎を築いた地域でもあります。

現在、道内の小中学校では冬の体育授業にウィンタースポーツが根付いていますが、広大な北海道は地域ごとに自然環境が異なり、「スキー文化圏」と「スケート文化圏」に分かれています。たとえば、日本海側は、冷たい北西風の影響で大雪が降りますが、極端な低温にはならない地域。そのため、札幌市・小樽市周辺では幼いころからスキーに親しむ環境が整っています。一方、苫小牧市、帯広市、釧路市などの太平洋側は、積雪が少なく冷え込みが厳しい地域。冬になると校庭に手作りのスケートリンクが作られ、スケート文化が育まれてきました。こうした地域性は、オリンピックなどで活躍する選手の出身地を見てもうかがい知ることができます。北海道に暮らしながらも、スキーだけ、あるいはスケートだけにしか触れたことがない人がいるのも、この自然環境による文化の違いが理由のひとつです。

今回、スキー場で体を動かしたあとは、ロープウェイ乗り場横にあるベーグル専門店「魔女のベーグル」で温かい飲み物をいただき、冷えた体をゆっくりと温めました。ふかふか、もちもちとした食感が人気のベーグルは幸運にも数種類手に入れることができ、帰宅後に温め直し、おやつとして楽しみました。運動不足になりがちな冬ですが、時には目一杯体を動かす時間を作ることで、日常の景色や食事まで、少しだけ特別なものに感じられる気がします。

天狗山スキー場
https://tenguyama.ckk.chuo-bus.co.jp/
魔女のベーグル
https://www.majono-bagel.com/
小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html

参考資料
https://www.ndl.go.jp/landmarks/column/hokkaido_ski
https://www.data.jma.go.jp/cpd/j_climate/hokkaido/column_snow.html

S__190513162

S__190513163

S__190513164

S__190513165

S__190513166

S__190513167

S__190513168

S__190513169

【光明院 波心庭】

京都で穴場の枯山水庭園を聞かれたら、「東福寺」の塔頭である「光明院」の「波心庭」が浮かびます。昭和の京都の代表的作庭家である重森三玲の名庭を、ゆったりと愉しむことができます。

光明院は、室町初頭の1391年(明徳2年)、東福寺の塔頭として金山明昶(きんざんみんちょう)によって創建されました。ちなみに、塔頭(たっちゅう)とは、本山の住職が亡くなったあと、弟子たちが本山の周辺に建てた塔(墓)や庵などの子院のこと。京都には各宗派の本山が集まることから、東福寺や大徳寺、妙心寺などの有名寺院をはじめとして塔頭が多く残っています。東福寺は、日本最古最大の禅宗大伽藍として知られるだけあって圧倒されるほどの広さを誇りますが、その南の外れにひっそりと佇むのが光明院です。

山門をくぐると、まず前庭「雲嶺庭」に勝負の守護神・摩利支尊天が静かに祀られています。その奥には主庭である枯山水庭園「波心庭」が広がり、どちらの庭も重森三玲によって作庭されました。明治生まれで昭和前半に活躍した作庭家である三玲は、1930年代に日本全国の庭園を丹念に測量、調査するうちに枯山水様式に心を奪われ、自ら作庭を手がけるようになります。伝統技法を重んじる一方、モダンで斬新な独自の審美眼で日本庭園に新たな息吹をもたらしました。

波心庭は、同時期に生まれた三玲の代表作である市松模様が印象的な「東福寺方丈庭園」とは異なる州浜型が取り入れられ、三玲の信念である「生きた庭」を体現しています。釈迦三尊・阿弥陀三尊・薬師三尊を表す三尊石から慈悲の心が放たれる世界を立石で表し、奥のサツキやツツジは雲のように刈り込まれています。「煩悩がなければ、仏心という月は波に映る」という禅の教えから名付けられた波心庭から視線を上げると、月のモチーフがあしらわれた茶亭「蘿月庵」が目に入り、東の空に昇る月を愉しめるようになっている仕掛けがなんとも雅。秋には紅葉で色鮮やかに彩られ、別名「虹の苔寺」とも呼ばれます。

光明院は、ほかの枯山水庭園に比べても腰を掛けられるスペースにゆとりがあり、さまざまな角度から、時間を忘れ自分の世界に没入して庭を眺めることができます。室内では展示が行われていることも多く、庭園や建築と溶け合うアートを味わえるのも魅力のひとつ。季節を問わず、晴れの日でも雨の日でもまた違った景色に出会えるのが枯山水庭園。あえて紅葉の季節でなくても、しんと冷えた冬の日や、行き場をなくした雨の日に、ふとこの場所を思い出して、空白の時間を見つけに行ってみてはいかがでしょうか。

光明院
https://maps.app.goo.gl/cFsFH4XL8Jvro1j77
ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/

参考資料
https://komyoin.jp/
https://tofukuji.jp/guide/tour/
https://souda-kyoto.jp/guide/theme/tacchu/index.html

1

2

3

【初午めぐり】

日本橋で「初午めぐり」が開催されています。初午(はつうま)は、毎年2月の最初の午の日に、各地の稲荷神社で五穀豊穣や商売繁盛を願うお祭りです。711年の同日に、稲荷社の本社である京都の伏見稲荷大社へ神様が降臨したという言い伝えから、その年の豊作祈願を原型として、それに稲荷信仰が結びついたといわれています。

初午の日には、稲荷大神の使いである狐の好物「油揚げ」を使った「いなり寿司」を食べて祝う風習があります。お供え物もいろいろあるようで、愛知県では赤飯を、九州地方では甘酒が振る舞われたり。栃木県では、「しもつかれ」という、鮭の頭、大豆、野菜を味噌と酒粕で煮込んだ郷土料理をお供えして五穀豊穣を願いました。このように全国では、地域特有の風味を楽しむ初午の行事食も親しまれているようです。

今回で4回目となる「江戸日本橋 初午めぐり」(2/25~3/21)。巡る神社は、江戸時代「富くじ」が行われていたことから、宝くじやチケット祈願にご利益がある“福徳神社”や“椙森神社”、日本橋の魚河岸の守護神として信仰を集めた“笠間稲荷神社”。女性や子ども、働く人々をお守りする養母世稲荷という女性の神様をお祀りしている“末廣神社”など全6社を巡拝するデジタルスタンプラリーとなっています。2026年は干支が60年に一度の「丙午(ひのえうま)」に当たるため、エネルギーが強い年で、活発に動くと運気が上がるとされているそうです。

途中、いなり寿司の名店「人形町志乃多寿司総本店」に立ち寄るのもいいですね。街並みも少しずつ春色に華やいできた3月、銀座や日本橋の歴史を感じながらお出かけしてみてはいかがですか?

銀座ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/ginza.html
しもつかれ(記事)
https://jp.shokunin.com/archives/52026041.html
人形町志乃多寿司総本店
https://maps.app.goo.gl/ASvAwHhLhRDgy6579

参考資料
https://hatsuuma.jp/
https://www.sazae.co.jp/journal/hatuuma-kisetugyouji/