2025年12月

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【京の香りと歴史】

先日、京都の老舗香木店の一つである松栄堂が運営する「薫習館」という施設に立ち寄りました。館内には、お香の原材料である香木などを実際に見て、その香りを体験できるコーナーがあり、インド産の白檀の木の心材や、アフリカやアラビア海沿岸部で産出された乳香(フランキンセンス)の樹脂、シナモンとして広く知られる「桂皮」などが常設展示されています。一つ一つの香りはとても個性が強いものが多いにもかかわらず、これらが組み合わさることであの心安らぐ「お香」の香りになることがとても興味深く、改めて新鮮に感じられました。

お香の原料となる香木は、そのすべてを東南アジアを中心とした海外からの輸入に頼っています。米や茶のように国内で栽培することができないという決定的な制約がありながら、京都には創業300年を超える老舗香木店や製造元が集中しています。原料の採れないこの土地が、なぜ日本の香文化の中心地となったのでしょうか。その背景には、京都が「外来の贅沢品」を「日本独自の美意識」へと昇華させた、文化創造の歴史がありました。

平安遷都を機に、お香の役割は「仏教儀式」から貴族たちの「雅な教養」へと劇的に変わりました。祈りの道具だった香りは、京都という都の中で、暮らしを彩る洗練された嗜好品へと進化を遂げます。9世紀には宮中に「御香所」という専門組織が作られ、香りは単なる好みを超えて、国の品格や秩序を象徴する特別なシステムとして位置づけられました。一方で、その文化は人々の生活空間にも浸透していきます。壁が少なく、柱と「しとみ戸」や「御簾(みす)」で構成された開放的な寝殿造を香らせる「空薫物」は、京都の建築様式や気候があってこそ育まれた、都市型の洗練されたスタイルでした。

さらに、室町時代の東山文化において、香りは茶の湯や立花(りっか・たてはな)と並び、「香道」という芸道として確立されます。京都が諸芸道の家元が座する地であったことは、香文化にとっても決定的な意味を持ちました。茶の湯で用いられる練香(ねりこう)や座敷を清める香は、茶道の発展とともにその需要を不動のものとしました。多くの老舗が今も京都に根を張るのは、彼らが単なる販売業者ではなく、伝統儀式や諸芸道の精神性を「香りの調合」という側面から支え続けてきた不可欠なパートナーだからにほかなりません。

こうした文化を支えたのは、技術を継承する職能集団の存在です。戦国時代末期には、天皇のために特別な香を調製する「香十(こうじゅう)」をはじめとする専門職の地位が確立されました。御用職人たちが宮廷や門跡寺院、家元と密接に関わりながら、門外不出の調合技術を磨き上げたことで、京都には最高級ブランドとしての地位が定着します。原料が手に入らないからこそ、限られた貴重な資源をどう組み合わせ、日本の四季に調和させるかという、世界でも類を見ない繊細な調合技術がこの地で結晶化したのです。

江戸時代に、娯楽やステータスとしての香りの文化が町人層へ広がった際も、京都の老舗は「本場」としての誇りを守り続けました。彼らは、海外から届く未加工の香木を、日本の気候風土の中で最も美しく香るように仕立て直す“翻訳家”のような役割を果たしてきたと言えます。京都が香りの中心地である理由。それは、原料を産出する土地を持たなくとも、その香りを慈しみ、深い精神性や作法へと磨き上げる長い歴史の蓄積が、この街にあるからではないでしょうか。

モメンタムファクトリー・Orii tone tray S
https://www.shokunin.com/jp/orii/tray.html
岩本清商店 豆火鉢
https://www.shokunin.com/jp/iwamoto/hibachi.html
ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/
薫習館
https://www.kunjyukan.jp/
香りの文化と香道(記事)
https://jp.shokunin.com/archives/52025272.html

参考資料
https://www.shoyeido.co.jp/incense/history.html
https://www.shoyeido.co.jp/about/
https://q-sdgs.kyoto.travel/search/sdgs15/938/
https://www.okou.or.jp/history/
https://www.nippon.com/en/features/c02502/

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【浦里】

全国各地で一年を通してさまざまな品種が栽培されている大根。出荷時期によって、春大根・夏大根・秋冬大根の3種類に分類されますが、なかでも晩秋から初冬に旬を迎える秋冬大根は、寒さから実を守るために糖分を蓄えることで、みずみずしく甘みが増すのが特徴です。

旬の時期は価格も手ごろ。ずっしりと重くハリのある大根のおいしそうな見た目に釣られ、後先考えずつい丸ごと一本買ってしまうものの…大根料理のレパートリーの少なさに頭を悩ますこともしばしば。それでも最近は、「鬼おろし」のおかげで大根をおいしいうちに食べ切れるようになりました。大きなだし巻きに鬼おろしをたっぷり添えたり、なめこのお味噌汁に鬼おろしを加えたり、揚げなすと鬼おろしを使った「揚げなすおろし蕎麦」も絶品でした。

さて、「浦里(うらさと)」という聞き慣れない料理名を知ったのは、大根を使った江戸の料理を調べていたのがきっかけですが、歴史小説の大家である池波正太郎さんの小説にも登場したり、落語、浄瑠璃を好む方々の間ではちょっと名の通った料理なのだそう。小説『その男』の作中では、「大根おろしへ梅干の肉をこまかくきざんだものをまぜ合わせ、これへ、もみ海苔と鰹ぶしのけずったものをかけ、醤油をたらした一品で、炊きたての飯を食べる」と書かれていて、読んだだけでも食べてみたくなり、早速材料を準備して作ってみることにしました。実はこのくだりには続きがあり、“名を「浦里」といい、吉原の遊里で、朝帰りの「なじみ客」の酒のさかなや飯の菜(さい)に出すもの”と続く、なんとも艶っぽいエピソードを持つ料理です。

実際に作って食べてみたところ、白いご飯にとてもよく合いました。刻んだ梅干しの爽やかな風味がすっきりとして箸が進みます。大根に含まれる消化酵素のジアスターゼは、胃腸の動きを活発にし、胃もたれや二日酔いを防ぐ効果があるといわれています。ご飯にたっぷりかけるもよし、酒のつまみにするもよし、江戸の風情を感じながら大根を食してみるのはいかがでしょうか?

木屋 鬼おろし
https://www.shokunin.com/jp/kiya/onioroshi.html
conte まかないボウル 180
https://www.shokunin.com/jp/conte/bowl.html
白木屋漆器店 手塩皿
https://www.shokunin.com/jp/shirokiya/teshio.html
青龍窯 汲み出し
https://www.shokunin.com/jp/seiryu/kumidashi.html
THE 醤油差し
https://www.shokunin.com/jp/the/
青龍窯 飯茶碗 大
https://www.shokunin.com/jp/seiryu/chawan.html

参考資料
http://www.dancyotei.com/2012/oct/daikon.html
https://www.kagome.co.jp/vegeday/nutrition/202101/10940/
https://life.ja-group.jp/food/shun/detail?id=4
https://www.kagome.co.jp/vegeday/yasai/japanese-radish/
https://r-tsushin.com/recipe/power_off_recipe_05_nihonsyuya/#page-2 (レシピ)
https://www.jidaigeki.com/regular/edoryouricho/recipe/No09_02.html (レシピ)

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【畳小話】

先日、家中の畳を一新しました。「玄関開けたら畳の香り」「畳で泳ぐ」という体験は、それはそれは幸せなものでした。

個人的に日本文化の代表をひとつ選ぶとしたら、私は迷わず畳を挙げます。偶然かもしれませんが、海外で日本語関係の仕事をしている親族や友人にも、自宅に畳部屋や畳スペースを設けている人が多くいます。「日本式空間」をつくるうえで、畳は欠かせない存在になっているかもしれません。

畳は「たたむ」を語源としており、その原形が敷物であったことが分かります。『古事記』や『万葉集』には、「畳」「筵(むしろ)」「薦(こも)」といった、重ねて用いる敷物を表す文字がすでに記されていました。そして、現代のようにいぐさをおもな原材料とし、畳表・畳床・畳縁から構成されるように発展したのは、平安時代に寺院や貴族の邸宅で普及した「置畳」からといわれ、当時は来客の座具や寝具として、持ち運んで使うものでした。やがて平安末期になると、上流階級の邸宅の部屋全体に畳が敷き詰められている様子が絵巻物に描かれるようになり、畳が徐々に建物の床材の一部となり始めたことが分かります。このころはまだ畳の厚みや縁の模様が身分によって定められていましたが、江戸時代は元禄年間になると大衆民家にも畳が敷き詰められるようになり、需要の増大に伴って畳作りに携わる職人の数も増えたといわれます。

今回の自宅の畳交換で一番時間がかかったのは、畳縁選びでした。もちろん今は身分による決まりはなく、亀甲や市松といった伝統柄から、現代的なキャラクターの柄まで豊富に選択肢があります。デジタルカタログを吟味した結果、全体は緑色ベースの伝統柄にし、書斎だけは「南天」というかわいらしい絵柄のものにしてみました。いわゆる「難を転じて福となす(難転)」南天の図案は、書斎での勉強や仕事で悩みが生じたとき、そっと背中を押してくれるお守りのような存在です。現代の畳縁はおもにポリエステル素材を用いることで耐久性が向上しており、我が家では猫が時々爪を立てても容易にはほつれません。

このような現代の畳の進化でもうひとつご紹介したいのが、和紙畳です。和紙畳はいぐさを使用せず、和紙を細長く撚り合わせて樹脂コーティングを施し、これを編み込んだ畳表を指します。我が家でもひと部屋取り入れました。いぐさの香りが好きなため、紹介された当初は迷っていたものの、違いが知りたいと思いひと部屋だけ依頼しましたが、その高機能性は試してみて本当に良かったと思いました。和紙畳は、まず日焼けによる色褪せがほぼありません。新品の風合いを保つことができ、美しい緑色が目を癒やしてくれます。また撥水性にも優れており、我が家としては猫の吐き戻しの掃除もとても楽になりました。

今回の畳交換は枚数が多かったこともあり、昨今の経済事情を踏まえると、正直かなり思い切った金額になり、畳の総交換は私の人生における一大イベントとなりました。「畳と女房は新しい方が良い」という諺はいったん置いておいて、次に畳表を替えるとしたら何年後になるでしょうか。この畳で十年以上は暮らしたいという思いから、長持ちさせるためのお手入れ法を調べてみると、棕櫚の箒と手箕の組み合わせが最適だと知りました。早速小ぶりのものから購入してみたり(ちなみに棕櫚は油分によるワックス効果で、板間やフローリングにも良いといわれます)、家具の下に敷板を用意したり、部屋に湿気が籠らないよう意識したりと、日々心掛けるようになりました。

畳への偏愛から、原材料が同じいぐさで作られたかご類はこれまで何個も友人にプレゼントしていて、ナチュラルな佇まいと予想以上の頑丈さ、そして色の経年変化を楽しめるところがいつも喜ばれています。またショールーム勤務の際、店頭にいぐさ商品がある日は、扉を開けた瞬間に広がる香りが私にとってのエネルギーチャージになっていました。当店では、畳部屋に合う商品も多数取り揃えていますので、ぜひショールームでご覧いただき、お気軽にご相談くださいませ。

須浪亨商店
https://www.shokunin.com/jp/sunami/
三条ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/sanjo.html
今出川ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/imadegawa.html

参考資料
山田幸一監修・佐藤理著『畳のはなし』、鹿島出版会、昭和60年11月
広島県立歴史博物館『備後表――畳の歴史を探る』(図録)、平成2年11月
画像一枚目:春日権現験記(模本、冷泉為恭他)、東京国立博物館
画像二枚目:春日権現験記絵(模本、冷泉為恭他、江戸時代)巻第十二、東京国立博物館
画像三枚目:源氏物語絵巻(住吉具慶筆、江戸時代)、東京国立博物館
画像四枚目:藺莚(長畳)、奈良時代、東京国立博物館