2025年11月

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【印刷博物館】

日本における印刷の歴史は古く、奈良時代から始まったといわれています。その証拠とされるのが、年代が明確な世界最古の印刷物「百万塔陀羅尼」で、東京都文京区にある印刷博物館で見ることができます。「百万塔陀羅尼」は、当時の天皇が国家安泰を願い、延命や除災を願う経文「無垢浄光陀羅尼経」を100万枚印刷、同時に作らせた木製の三重小塔100万基の中に納めて、法隆寺をはじめとする全国のお寺に届けたものです。このように、当時は経典や仏教関連の資料を中心に印刷の技術が使われていました。その後約300年の間、印刷技術は停滞したとされています。当時の日本は識字率がとても低く、字を読めるのは一部の身分の高い人のみだったため、印刷物の需要が生まれなかったからではないかと考えられています。やがて平安時代に入り、『源氏物語』が大きな人気を得ますが、そもそも印刷ではなく書写で書き伝えられていました。

再び印刷の需要が高まったのは江戸時代のころ。江戸時代には木版印刷が大きく発展し、寺院や学者だけでなく庶民の間にも浸透していきました。寺子屋の普及などを通じて読み書きできる人が増えたことで印刷物が広まり、農業や医学の解説書、園芸や虫・鳥の飼い方など、暮らしに役立つものが木版印刷で刷られていたようです。また、江戸時代に庶民の間で流行っていたのが「浮世絵」でした。肉筆で描かれた一点物は大変高価で庶民には手が届きませんでしたが、木版印刷で大量に刷られるようになると、かけそば1杯ほどの値段で購入することができるようになりました。今回の展示では、浮世絵の制作工程を解説しているコーナーがありましたが、浮世絵が完成するまでには「絵師」「彫師」「摺師」によるさまざまな工程を経て作られていたことを知って、その職人技に衝撃を受けました。

明治時代に入ると、西洋から「活版印刷」の技術が導入されます。活版印刷は、活字を自由に組み換えられるため、多様な印刷物に柔軟に対応できるのが大きな特徴です。この技術の普及によって教科書や新聞が大量に刷られ、学校教育やメディア産業の発展に大きな影響を与えました。1960年代後半になると、高精細な仕上がりで多くの部数を扱えるオフセット印刷が普及し、現在でも主流の方式として使われています。さらに、柔軟な版を用いて布地や曲面にも直接プリントできる「シルクスクリーン印刷」や、文字を写真のように扱って組版する「写植機」など、多方面で効率化が進みました。この時期には商業広告の印刷物が一気に発展し、印刷博物館でも当時のポスター類を目にすることができます。印刷物の制作には本来多くの工程が必要ですが、それらをパソコン上で一括して行えるようになったのが、1990年代にアメリカから導入された「DTP」と「CTP」です。印刷工程がデジタル化されたことで、作業のスピードが上がり、コストも抑えられるようになりました。

印刷博物館では、肉筆の写しから木版印刷、機械化、そしてデジタル化へと受け継がれてきた日本の印刷の歩みを、実物資料とともに学ぶことができます。印刷方法は時代とともに変化してきましたが、そこには常に専門知識と高い技術を持つ職人が関わっていて、工程の複雑さに改めて驚かされました。印刷文化の継承と発展を目指して設立された同館は、2000年に開館し、2020年10月にリニューアルを迎えています。約7万点におよぶ印刷関連の貴重な資料を所蔵し、展示に加え、予約制の活版印刷体験や工房見学ツアー、ワークショップなど、楽しみながら学べるプログラムも充実しています。ご興味のある方は、ぜひ訪れてみてください。

印刷博物館
https://www.printing-museum.org/
銀座ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/ginza.html

参考資料
https://www.tims-net.co.jp/media/column/print-history1 
https://www.yamacs.co.jp/ct-column/%E5%8D%B0%E5%88%B7%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2/

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【文化を未来へつなぐ街 ~横浜・山手の洋館と庭園~】

秋の入り口となった11月初旬。東北から京都へ戻る途中、横浜に立ち寄りました。新幹線から在来線に乗り換え目指したのは、今なお多くの洋館が立ち並ぶ山手の丘。JR石川町駅から坂道を歩き、まずは山手イタリア山庭園へと向かいます。

この地には明治13年から19年にかけてイタリア領事館が置かれていたことから、周辺一帯が「イタリア山」と呼ばれるようになりました。現在の庭園も、イタリアで見られる造園様式を参考に造られています。水面や花壇を規則的に配置した幾何学的なデザインが特徴で、整った花壇では季節ごとに表情を変える草花や植栽を楽しむことができます。園内には、赤いフランス瓦の屋根が印象的な「ブラフ18番館」と、尖塔を持つ「外交官の家」が建っています。いずれも歴史的建造物で、ブラフ18番館は平成5年に、外交官の家は平成9年にそれぞれ移築・復元されました。邸内に足を踏み入れると、当時の洋風家具や調度品が再現されていて、まるで100年前の暮らしにタイムスリップしたような気分に。どちらの建物も庭園の風景と調和しながら、横浜山手の洋風建築文化を今に伝える貴重な存在となっています。

住宅街を歩き、近代日本最初の教会であり、現在のカトリック山手教会の初代聖堂である「カトリック山手教会」と、イギリス人貿易商B.R.ベリック氏の邸宅であった「ベーリック・ホール」を経て、「山手資料館」へ。こちらは数多くの洋風建築の中において、唯一の「和洋併設型住宅」として建てられた木造西洋館です。明治42年(1909年)に竣工した館内では、文明開花の当時から居留地時代、関東大震災までの横浜や山手に関する資料が展示され、建物自体も横浜市の歴史的建造物に指定されています。

そして、そこから徒歩約4分の距離にある「横浜市イギリス館」も必見です。昭和12年(1937年)に、上海の大英工部総署の設計によって建てられた英国総領事公邸は、当時の東アジアにおける領事公邸の中でも上位に格付けされていた、格式のある建物でした。サンポーチから客間、食堂、広いテラスから続く芝生のある庭、さらには、玄関脇にはめ込まれた王冠入りの銘版(ジョージⅥ世の時代)や、「British Consular Residence」と記された正面脇のプレートが、旧英国総領事公邸であった由緒を示しています。

巡りの締めくくりに訪れたのは、「山手111番館」。赤い瓦屋根に白壁のコントラストが美しい、スパニッシュスタイルの洋館です。内部は吹き抜けのホールに、食堂や居室、2階には海が見える寝室や回廊があり、港の見える丘公園のローズガーデンを見下ろす立地にあるこの建物は、大正15年(1926年)に、アメリカ人ラフィン氏の住宅として建設されました。

どの建物に足を踏み入れても、建物と室内の装飾、そして庭が美しくつながり、窓の先にある海へと自然に視線が導かれていきます。そこには確かに、生活と景観の調和が大切にされていた時代の空気が漂っていました。また、当時の建物は暮らしの場であると同時に、社交やくつろぎの空間という役割も担っていたことが伝わってきます。庭で季節に触れ、サロンで音楽を楽しみ、書斎で芸術や読書に心を耕す時間が、生活の一部として息づいていたのでしょう。こうした心のゆとりや精神的な充足を生活の価値として重んじる感性は、ヨーロッパ文化の成熟を支え、社会の発展にも寄与した背景のひとつと言えるのではないでしょうか。綿々と紡がれてきたその思想が、建物の設えや庭の造形に、今も静かに刻まれているように思われます。

海を望む丘の洋館と庭を歩いていると、文明開化の名残に触れられるだけでなく、異国の文化を持つ人々が、この地でどのように自分たちの暮らしの美しさを育んできたのかを肌で感じることができます。静かな落ち着きの中に開かれた眺めが重なり、歴史と日々の営みが重なる山手の風景には、今も心の豊かさをやさしく満たしてくれる力が息づいているようです。

最後に、山手に残る洋館の多くが無料で公開されているのは、横浜市と横浜市緑の協会が公共の施設として大切に管理し、さらに地元のボランティアの方々が保存と運営を支えているからにほかなりません。歴史ある建物を気軽に訪ねられること自体が、街が文化を未来へ伝えようとする思いの表れそのものです。秋の澄んだ空気の中、山手の街で、文化の香りに触れるひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか?

ブラフ18番館
https://maps.app.goo.gl/uRUyzhWDLhCkjG2i6
外交官の家(旧内田定槌邸)
https://maps.app.goo.gl/NZTsWj87CfYNNA6dA
カトリック山手教会
https://maps.app.goo.gl/YCbLUgCbQbrTbLts8
ベーリック・ホール
https://maps.app.goo.gl/JAwfKSVSyGUNnRRF7
山手資料館
https://maps.app.goo.gl/bw74mQ3M48fcuLcu7
山手111番館
https://maps.app.goo.gl/cEfCjFC4Tp2feMf4A
横浜市イギリス館(旧英国領事公邸)
https://maps.app.goo.gl/s4kBLpEct99k2jmg6

参考資料
https://www.hama-midorinokyokai.or.jp/park/italia/
https://hare-tabi.jp/databox/data.php/guide_yamate_cathedral_ja/code
https://hare-tabi.jp/databox/data.php/guide_yamate_museam_ja/code
https://www.hama-midorinokyokai.or.jp/yamate-seiyoukan/yamate111/
https://www.hama-midorinokyokai.or.jp/yamate-seiyoukan/british-house/



山形県は庄内の「はえぬき」。あまりのおいしさに、二人で3.7合をほとんど食べてしまいました。食欲の秋ですね。

松山陶工場 煮込み鍋
https://www.shokunin.com/jp/matsuyama/pot.html
東屋 宮島しゃもじ 六寸半
https://www.shokunin.com/jp/azmaya/miyajima.html
和田助製作所 しゃもじ入れ
https://www.shokunin.com/jp/wadasuke/shamoji.html