2025年09月

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【近江商人】

大坂商人、伊勢商人と並ぶ日本三大商人の一つである近江商人。道中合羽を羽織り、頭には菅笠、肩には天秤棒を担ぎ、1年でおよそ千里(約4,000km)を歩いて日本各地を行商したといわれる彼らは、どのような人たちだったのでしょうか。

近江商人とは、江戸時代中期から明治時代において近江国(現・滋賀県)に本宅・本店を置き、他国で商いを行った商人のことをいいます。発祥地によって、高島商人、日野商人、八幡商人、湖東商人と呼ばれており、活動時期や取り扱い商品にも違いがあります。北海道から九州まで日本全国を市場として、ベトナムなど海外にまで進出した商人もいました。

近江商人の商売の基本は全国各地を歩いて行商すること。「近江の千両天秤」という言葉が表すように、天秤棒を肩に自らの足で各地を巡ることから始まります。その土地の産物や必要とされているもの、地域による価格差などの情報を収集しながら販路を拡大、京や大坂、江戸にまで出店する豪商へと成功していきます。おもに麻布・生活用品・化粧品・呉服など近江や上方の地場産業の産物を関東や東北へ、そして東北でそれらの原材料となる生糸や紅花などを仕入れて江戸や上方へと流通させる「諸国産物廻し(のこぎり商い)」と呼ばれる商いを行いました。この方法は、各地の地場産業の発展への貢献、また江戸や上方の文化の地方への伝播を後押しすることにもなり、「近代商社の原型」とも呼ばれています。

近江商人たちには、各商家ごとに商売への心構えや経験を子孫や店中に伝えるための家訓がありました。その中でも特に有名なのが「三方よし」ではないでしょうか。「三方」とは売り手、買い手、世間のこと。すなわち、「商売は売り手にとっても買い手にとっても適正な利益を得られるものであるべきで、ひいてはそれが社会に貢献できるものでなくてはならない」ということです。この考え方は、現代における企業が利益追求のみならず、事業活動を通じてあらゆる利害関係者や社会に対して果たすべき責任を意味する「CSR(企業の社会的責任)」へとつながっています。実際に近江商人たちは、道路改修、寺社や教育への寄付など多くの地域貢献をしていたそうです。

近江商人にルーツを持つ企業は今でも数多く存在し、伊藤忠商事、丸紅、ワコール、東レ、髙島屋、西武グループ、日本生命保険など、その分野は多岐にわたります。これら企業のホームページをのぞいてみるとルーツである近江商人とその精神に誇りを持ち、大切に受け継いでいることが分かります。めまぐるしいスピードで変化し続ける現代社会においても、近江商人たちが残した精神性や商売への考え方は、非常に重要なものであり、時代を越える普遍的価値を持つものであるということが示されています。ちなみに、当店三条ショールームの入る旧不動貯金銀行京都支店のオーナー・ツカキ株式会社も、近江商人である湖東商人の一つ「五個荘商人」にルーツを持ち、「三方よし」の精神を実践する企業です。近江商人の教えを大切にしながら、歴史的・文化的価値のある古い建築物や伝統文化を守る活動に積極的に取り組まれています。

滋賀県近江八幡市には、今でも近江商人たちが築いた商家の町並みが残っており、見学することができます。近江商人に関する資料や、生活の様子を目の当たりにすると、社会とのかかわり方、暮らしの中で大切にすべきものなど、さまざまなことに思いを巡らせるきっかけになりました。寝具メーカー・西川の西川甚五郎本店の敷地内にある史料館と店舗を訪れた際、居合わせた台湾人の家族と会話しましたが、「ここの商品を愛用しているが、品質がとてもいい。だからどの商品でも安心して買える」と、商品を購入していました。品質の良いものを提供し、買い手から全幅の信頼を得て、納得のうえで買っていただく。さらにその在り方が、時代や国境を越えていく。私が見たその光景は、近江商人たちの理想とする商売や彼らの精神の行き着く先であるような気がしました。

ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E6%B1%9F%E5%95%86%E4%BA%BA
https://www.city.omihachiman.lg.jp/soshiki/kanko_seisaku/3/1/849.html
https://www.omi8.com/stories/goroku
https://e-omi-muse.com/omishounin/about6.html
https://www.tsukaki.com/about/philosophy.html
https://www.itochu.co.jp/ja/about/history/oumi.html
https://higashiomishi-shokokai.jp/wp-content/themes/shoukokai/images/joseibu_panf.pdf
https://omi-syonin.com/rinen/
https://sanpo-yoshi.net/about_3/

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【根室の不思議な食感おやつ「オランダせんべい」】

北海道根室市で半世紀にわたり親しまれている「オランダせんべい」は、見た目も食感も名前も、すべてちょっと不思議なお菓子です。製造と販売を手がけるのは、1950年(昭和25年)創業の老舗「端谷菓子店」。1965年(昭和40年)ごろからオランダせんべいの製造を始めました。当時オランダせんべいを作っているお店は数軒あったそうですが、現在では端谷菓子店が唯一の製造元となっています。

名前に「オランダ」とありますが、実際にオランダと関係があるわけではありません。由来には諸説あり、長崎の「オランダ煎餅」や「オランダ坂」がルーツともいわれ、港町である根室に伝わったのではないかと考えられています。

見た目は直径約16cmの大判で、ワッフルのような格子模様が特徴です。ところが、手に取ってみるとその柔らかさに驚かされます。折っても割れず、ふにゃっとした感触。口に入れると、もちもち・しっとりとした食感が広がり、黒糖のやさしい甘味がじんわりとしみてきます。噛みちぎるには少し力が要るほどの弾力があり、手でちぎって食べるのが定番です。初めて食べた時に、あまりの柔らかさに、これ本当に煎餅?と驚いたことを覚えています。

この独特の食感は、焼き加減と水分量の調整によって生まれたものです。もともとパリパリとした煎餅だったそうですが、時代とともに柔らかめに改良され、現在の形になりました。原材料は小麦粉と黒砂糖が中心で、添加物は一切使用していません。素朴で飽きのこない味わいは、子供から大人まで幅広い世代に愛され続けています。映画館で音を立てずに食べられるおやつとしても人気だった時代があり、根室の人々にとっても懐かしい思い出の味でもあります。現在は根室市内の店舗のほか、札幌や小樽などの道内の一部店舗でも販売されており、地方発送にも対応しています。オランダせんべいは、根室の歴史や人々の記憶を包み込んだ心温まる一枚で、初めて食べるのにどこか懐かしい、そんな不思議な魅力を持つお菓子です。

一方、山形県酒田市にも「オランダせんべい」があります。こちらは1962年(昭和37年)に誕生した米菓で、国産うるち米を使った元祖うす焼きせんべいです。名前の由来は、山形の方言「おらだ(=私たち)」から来ていて、「おらだのせんべい」が転じて「オランダせんべい」となりました。国産のお米を使い、地元の人の手で作られたことへの誇りが、その名前に込められています。

このように、同じ「オランダせんべい」という名前を持ちながら、根室と酒田では全く異なる背景を持ちます。しかし、どちらにも共通しているのは「オランダ」という言葉が持つ特別な意味ではないでしょうか。江戸時代、日本は鎖国政策のもとで外国との交流を制限していました。その中で西洋で唯一、長崎県の出島を通じて交易が許された国がオランダでした。医術、科学、言語、そして菓子文化までもが、オランダを経由して全国に広がっていきました。

「オランダせんべい」という名前には、交易の記憶、方言の文化、そして西洋へのハイカラなイメージがあったのではないでしょうか。こうして、オランダ坂、オランダ焼き…というように今もなお残っている「オランダ」。オランダせんべいを食べていると、さまざまな背景によって、さらに味わい深いものに感じられてきます。

端谷菓子店
https://olandasenbei.com/
酒田米菓
https://www.sakatabeika.co.jp/
小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html

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【セラミック・ジャパンの薬草土瓶が加わりました】

直火対応の耐熱陶器で仕立てた「薬草土瓶」。ほうじ茶や麦茶を煮出すのにはもちろん、古くからの薬土瓶のように、漢方などの薬を煎じるのにもお使いいただけます。土瓶ならではの保温性とまろやかな味わいに加え、マットな質感と真鍮ハンドルの対比が美しく、使うほどに風合いが深まります。

セラミック・ジャパン 薬草土瓶
https://www.shokunin.com/jp/ceramicjapan/dobin.html