2025年09月

S__45424643

S__45424647

S__45424648

S__45424650

【文化が息づく場所――小樽市公会堂と能楽堂】

先日、小樽公園の一角に佇む歴史的建造物の小樽市公会堂と能楽堂、そしてその中で期間限定でオープンしている能カフェを訪れました。まるで時代をタイムスリップしたかのような感覚に包まれ、小樽にこんなにも趣深い場所があることに驚きと感動を覚えました。

小樽公会堂は1911年(明治44年)に、大正天皇の北海道行啓の際のご宿泊所として、海運業で財を成した豪商・藤山要吉氏によって建てられた建物です。建設後は小樽市に寄贈され、のちに現在の用途である公会堂として開館しました。建築には北海道の蝦夷松がふんだんに使われており、和洋折衷の美しい意匠を持ち重厚な外観と趣ある内装は、小樽の歴史と文化を今に伝える貴重な空間です。コンサートや展示会、演奏会など多彩なイベントが定期的に開催され、市民に親しまれています。

この公会堂と一体的に使われているのが小樽能楽堂です。もともとは1926年(大正15年)、小樽の豪商・岡崎謙氏が自邸の中庭に建てた私設の能舞台で「旧岡崎家能舞台」として知られています。岡崎氏は新潟県佐渡出身で、東京英和学校(現・青山学院大学)と東京高等商学校(現・一橋大学)で学び、宝生流の能をたしなんだ文化人でもありました。能舞台の建設にあたっては、靖国神社の能楽堂を参考にし、佐渡から職人を呼び寄せ、棟梁には実際に靖国神社を視察させたうえで建設を進めたといいます。

建材には佐渡産の神代杉、九州産の檜、北海道産の松など、全国から選りすぐりの木材が使われました。そして、京都から狩野派第十七代・狩野秉信氏を呼び寄せ、2カ月かけて舞台の鏡板に松と竹、揚幕板戸に唐獅子の絵を描かせました。80年以上を経た今もその美しさを保っています。舞台開きは1926年1月26日、高松宮妃や徳川家達氏らの賓客を迎え、芸術院会員・野口謙資氏らによる幽玄能が披露されました。

岡崎氏はこの能舞台を私的なものとせず、多くの市民を招き、能楽師を招いて公演を行うなど、地域文化の発展に尽力しました。その後、岡崎氏の遺志により能舞台は小樽市に寄贈され、1961年(昭和36年)に現在の場所に移築されました。1985年(昭和60年)には小樽市の指定歴史的建造物となり、1993年(平成5年)から一般公開が始まりました。2006年(平成18年)には、岡崎家から能装束や能面など約600点が小樽市に寄贈され、夏期にはこれらの文化財の展示も行われます。

そんな歴史ある公会堂と能楽堂の一角に、期間限定でオープンしているのが能カフェです。古い日本家屋を再利用した空間で、畳敷きの部屋からは手入れされた日本庭園を眺めることができ、ランチやアフタヌーンティー、夜にはお酒も楽しめる贅沢なひとときを提供しています。店内は静かで落ち着いた雰囲気に包まれ、訪れた人々が思い思いの時間を過ごしていました。隣の席からは「期間限定じゃなくて、ずっと続けてほしい」という声も聞こえ、私も心から同感でした。

能カフェの魅力は、単なる飲食の場にとどまらず、歴史と文化、そして美しい空間が融合した特別な体験を提供してくれる点にあります。小樽の歴史を肌で感じながら、静かで豊かな時間を過ごせる場所は、能楽愛好者はもちろん、歴史や建築、美しい空間に興味のある方にもぜひ訪れていただきたいスポットです。期間限定のカフェがいつか常設になることを願いつつ、また来年に再訪したいと思います。

小樽市公会堂
https://www.otarushiminkaikan.jp/koukai/
小樽市指定歴史的建造物 第12号 旧小樽区公会堂・旧岡崎家能舞台
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2020101500412/
旧岡崎家能舞台(小樽市公会堂内)
https://otaru.gr.jp/shop/kyuokazakike-noubutai
小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html

1

2

3

【海藻の話】

日本の食生活に欠かせない海藻。日本・韓国・中国をはじめ、フランス・アイルランド・アメリカ・カナダ・チリなど、世界各地でも独自の海藻食文化が育まれています。英語では「seaweed(海の雑草)」と呼ばれますが、近年は「sea vegetable(海の野菜)」とも称され、栄養価の高さから健康食品としても注目されているようです。

たとえば、イギリスのウェールズでは岩海苔の佃煮のような「ラバーブレッド」を、バターと一緒にトーストに塗り、レモンを絞って食べます。アイルランドでは、「カラギンモス」と呼ばれる海藻を使ったデザートや、「ダルス」という紅藻を使ったスープ料理が知られています。アラスカ南東部のトリンギット族など北西海岸先住民は、昆布や子持ち昆布(昆布に付着したニシンの卵)を伝統的な食料として採集・消費してきました。フランスのブルターニュでは、海藻を練り込んだ発酵バターが伝統的に作られています。こうしてみると、地域ごとに気候や保存技術、食文化に合わせて独自の食べ方が発展してきたことが分かります。

日本にも古くから生の海藻を食べる文化があり、日本近海には約1,500種類の海藻が自生するといわれています。飛鳥時代や平安時代には生の海苔を摘んで食べ、大和朝廷時代には神事の供物として扱われ、「大宝律令」では租税の対象にもなりました。その後、板海苔や乾海苔など保存食として発展し、「生海苔」「生わかめ」「生アカモク」「生もずく」などが季節の食材として流通しました。沖縄の海ぶどうやもずくもその代表で、日本独自の「生のままの海藻を食べる」伝統が根付いています。

「生海苔」や「生わかめ」など一部の海藻には、消化が難しい成分が含まれていますが、これを分解できる「バクテロイデス・プレビウス(Bacteroides plebeius)」という名の腸内細菌は、日本人や一部アジア人に多いそうです。これは海藻食文化の影響により、腸内細菌が水平遺伝(外来微生物からの遺伝子獲得)で進化したためで、人間の腸内細菌が海藻分解酵素を獲得したと考えられています。欧米など他地域の人はこの腸内細菌が少なく、生の海藻は消化しにくいため、おもに加熱・加工された海藻を食べます。

代表的な海藻(昆布・わかめ・ひじき・もずく・海苔)は海のミネラルを豊富に含み、糖質が主成分で脂質は少なく、ヨウ素・カルシウム・カリウムなどが豊富です。低カロリーで栄養価が高く、健康的な食材として注目されています。特に海苔は、うま味成分のグルタミン酸(植物性)とイノシン酸(動物性)の両方を含む珍しい食品です。また、人間が最もうま味を感じる黄金比「約10:1」で含まれていると、一部の研究では報告されています。

さて、「子どもは海苔が好き」という話がありますが、これにも科学的な裏付けがあります。子どもは大人の約3倍の味蕾(味のセンサー)を持つとされ、うま味を強く感じやすい傾向があります。また、母乳にもうま味成分が含まれているため、乳幼児期からうま味に慣れ親しんでいるのです。子どもが味覚に敏感なのも納得ですね。私も焼き海苔のうま味に惹かれて、ついそのままバリバリと食べたくなります。

栗久 曲げわっぱのお弁当箱(無塗装)
https://www.shokunin.com/jp/kurikyu/mutosou.html

参考資料
https://www.table-source.jp/column/seaweed-outside-japan/
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/bunrui/kaisou-seihin.html
https://www.kazusa.or.jp/dna/worlds_dna_research/腸内細菌の遺伝的アップグレード(nl79)/
https://www.asken.jp/info/1706
https://www.norino1.jp/post/海苔のうまみ成分は黄金比!!
https://shun-gate.com/roots/roots_127/
https://oishii-igirisu-ryori.com/2019/02/01/laver-bread/
https://precious.jp/articles/-/7103
https://hes.official.jp/images/kaishi_pdf/20/20-2-16-.pdf

1

2

3a

4

5

6

7

8

9

10

【福岡県の伝統的工芸品 上野焼】

福岡県内において「焼き物の里」と知られる地域には、朝倉郡東峰村の小石原や田川郡福智町の上野があります。小石原で作られる小石原焼は、民藝運動の初期から注目された福岡県を代表する陶器であり、飛び鉋や刷毛目などの模様が魅力で愛用されている方も多いことと思います。上野焼(あがのやき)が作られている上野は、北九州市から最も近い焼き物の里です。侘び茶の精神を受け、格調高い茶陶を献上していた歴史があります。

上野焼は、茶人としても知られる豊前小倉藩初代藩主ならびに初代小倉城城主の細川忠興が、慶長7年(1602年)に李朝陶工の尊楷を招き、陶土と水質に恵まれていた上野で窯を開いて技術を伝えたのが始まりとされています。当時に遡ると、現在の北九州市の約半分の土地は豊前小倉藩です。細川忠興は、千利休の弟子の中でも特に優れた7人の武将を指す「利休七哲」の一人に数えられ、茶の湯に通じていました。細川家統治の31年間にて、国焼茶陶・藩窯としての気品と風格の礎が築かれたようです。

上野焼の特徴は、多彩であること。多種の釉薬が使われることで肌合いや艶もさまざまです。上野焼の代名詞となっている緑青や、3種類の釉薬で彩られる三彩、また、藁灰釉、鉄釉、飴釉、李朝の伝統的技法の粉引、象嵌などバリエーションに富み、自然を感じさせるような流れやにじみが器に独特の雰囲気を生み出します。やわらかな風合い、侘び寂びを感じさせる控えめな美しさがあり、焼成温度が低いため、器自体が極めて軽く、薄づくりなのが特徴です。茶陶として発展した格調は守られながら、日常使いできるものも数多く作られています。

先日、上野焼陶芸館に立ち寄ったところ、どこか見覚えがあることに気付きました。特に上野焼を代表する緑青の湯呑みや花器は、幼いころから家で目にし、日常的に使っていたようでした。実家の食器棚を確認すると、やはり何種類もの上野焼があり驚くとともに、我が家には実家から持ち出した器がいくつかあるため、もしかするとと思い裏を確認したところ、渦模様の印が入っていました。これは左巴(ひだりともえ)と呼ばれ、高台を削る際、ろくろを左回転させながら鉋(かんな)で外から内に細く削ることによりできるもので、上野焼を表す印になっています。何十年も何気なく、ゆかりのある地の焼き物に触れていたことがとても感慨深く、藩窯としての歴史が現代の日常に溶け込み、おのずと親しみ深いものになっていることを知りました。

上野焼は昭和58年、経済産業大臣指定の伝統的工芸品となりました。20軒以上の窯元が伝統を守り続けており、現代的な感性で自由に作陶する陶芸家も現れるなど進化も続いています。

若松ショールームから車で1時間ほどの場所にある上野焼陶芸館では、9つの窯元の作品を一度にご覧いただけますし、福智山の麓から山を登っていく途中にも窯元が点在しているので、直接訪ねて作品を見せてもらうのも楽しみ方のひとつです。周辺には、上野焼の器で提供しているお店も多く、上野の豊かな自然と地元の食事を楽しみながら焼き物に触れることができます。当店では取り扱いはございませんが、若松ショールームから一番近い焼き物の里へ併せてお出かけしてみてはいかがでしょうか。

上野焼陶芸館
https://maps.app.goo.gl/38vVvzLs7JTKsEja9
若松ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/wakamatsu.html

参考資料
https://www.aganoyaki-fukuchi.com/
https://kokuracastle-story.com/2021/12/story53/