2025年07月

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【三嶋亭】

京都に住んで約3年、寺町京極商店街にある言わずと知れたすき焼きの老舗「三嶋亭」へ、先日初めて行ってきました。

三嶋亭は、初代・三嶋兼吉が妻と共に長崎で牛鍋を学び、1873年(明治6年)に京都・寺町三条で創業しました。寺町通と三条通の交わる角に佇む三嶋亭は、京町家造りの店構えで、軒先のショーケースには牛肉が並んでいます。いざ店内へ足を踏み入れると、正面に階段があり、玄関で靴を脱いで2階へ。店内の欄干、天井、格子などは明治の創業当時のままで、「中はこうなっているのね」と数寄屋造りの建築をまじまじと見ながら歩き、個室に入ります。電話予約をした際に空きがあったため、個室にしていただいたのです。畳の空間の中心に八角系の赤いテーブルがあり、障子を開け外を見下ろすと寺町京極商店街を行く人々が見えました。店内は複雑な造りで位置関係が分かっていなかったこともあり、窓の外が知っている風景で不思議な感覚がしました。

お昼のコースはすき焼き、オイル焼き、水炊きから選ぶことができますが、やはり迷わずすき焼きに。小鉢、牛肉、野菜、玉子、ご飯、しぐれ煮、香の物、果物が含まれるコースです。程なくして運ばれてきた牛肉と、まるで和製ジェノベーゼの独活(うど)とタケノコの木の芽和え。ちょうど訪れたのが独活もタケノコも木の芽も旬の時期で、食感も楽しく、すき焼きと同じくらい食べられてうれしかった一品。霜の入った迫力のある牛肉の登場には小さく歓声が上がり、ビールを飲みながら、木の芽和えをいただきつつ、すき焼きが仲居さんの手によって目の前で作り上げられていくのを見守っていると、香ばしくいい香りが漂ってきます。

三嶋亭のすき焼きは、関東風とも関西風ともまた違う、三嶋亭オリジナルなのだとか。温まった鍋にまんべんなく敷いた砂糖が溶け、全国から三嶋亭独自の目利きで厳選された黒毛和牛と伝統を守りながらも5代目がさらに進化させた割下を入れて両面を焼いたら、生卵をつけていただきます。砂糖と牛肉、秘伝の割下が一体となり、ベストな状態で完成したすき焼きを贅沢に口にほおばる、至福の時。やることは、食べて飲む、それだけです。牛肉の上に結われた三つ葉が品よくちょこんとのった光景を見て、その丁寧な仕事に、京都を感じました。

箸置きは、三嶋亭のシンボルでもある行燈。細部にさりげなく、文明開花の時代の華やかな空気感が息づいています。窓を開け、通り抜ける風を感じながらおいしいすき焼きを食べ、デザートにはさっぱりとメロン。あれから三嶋亭の前を通るたびに、5月のある晴れた日にあの個室でみんなですき焼きを食べたな、と上を見上げます。

三条ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/sanjo.html
三嶋亭
https://maps.app.goo.gl/wdKSr487NfQQPjZH9

参考資料
https://www.mishima-tei.co.jp/aboutus/

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【木屋の鬼おろし】

鬼おろしは、大根だけでなく、人参などさまざまな野菜にお使いいただけます。たとえば人参を粗くおろしてキャロットケーキにすると、素材の風味が引き立ち、食感にも奥行きが生まれます。

おろす際は、葉が付いていた太いほうから始めると、安定してスムーズに作業が進みます。細くなって扱いづらくなったら、あとは包丁で粗みじん切りにするのも一つの方法です。

ドレッシングや鍋料理、麺類の薬味、鬼おろし丼、ハンバーグのトッピングなど、活用の幅は多彩。一年を通してご家庭の食卓を豊かに彩ってくれる道具です。

現在、すべてのショールームにて展示しておりますので、ご来店の際は、ぜひお手にとってご覧くださいませ。

木屋 鬼おろし
https://www.shokunin.com/jp/kiya/onioroshi.html
ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/

参考レシピ
https://jp.shokunin.com/archives/52025229.html (米粉とナッツのキャロットケーキ)

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【旧朝香宮邸 東京都庭園美術館】

東京都目黒区にある東京都庭園美術館では、「時を紡ぐ館」が開催されています。こちらの館、建築好きの方はご存じかもしれません。毎年、旧朝香宮邸(きゅうあさかのみやてい)の建築空間を生かした展覧会が開催されるのです。毎回さまざまなテーマを取り上げていますが、今回のテーマは、“14·7·19·7·42”という数字がクローズアップされています。

朝香宮家が過ごした邸宅としての14年間。吉田茂元首相が政務の場として活用した7年間。国の迎賓館として、数々の国賓をもてなした19年間。民間の催事施設として、多くの人々に開かれた7年間。そして、美術館として42年目を迎えるこちらの建物が迎え入れてきた、それぞれの時代の「機能の変遷」に着目した展示になっています。

旧朝香宮邸は、その名のとおり朝香宮家の住宅です。明治天皇の第8皇女として生まれた允子(のぶこ)妃が、朝香宮家を創設した鳩彦(やすひこ)王と結婚したことで、白金台の御料地約1万坪が下賜されました。そしてそこに現在でも語り継がれる「アール・デコの館」が建てられたストーリーを知ることができました。1922年、陸軍歩兵中佐であった鳩彦殿下は「軍事御研究」の名目で家族を日本に残し、欧州遊学フランスへ向かいました。この時代、日本の皇族は相次いで海外視察の途に就き、異文化や世界情勢を直接見聞きすることに努めていました。客船による船旅は、日本を出てからパリに着くまで約40日間かかったそうです。香港、スエズ、エジプトなどを航海し、各地の日本人小学校の視察、エジプト国王から公式の出迎えを受けるなど、皇族としてこなさなければならない仕事も多くあったようです。

大戦後の好況に沸く華やかなパリに到着した鳩彦殿下は、あらゆるものに好奇心旺盛なまなざしを注ぐ若き皇族だったのでしょう。しかし翌年、ドライブ中に事故に遭い重傷を負ってしまいます。急遽、允子妃もパリに向うこととなり、ここから療養生活、回復後の2年半におよぶパリ生活とイギリス、ドイツ、オーストリア、ベルギー、オランダ、スイス、イタリア、スペインといった欧州各国の巡遊旅が始まりました。何かと堅苦しい皇族の身分を伏せて、「朝伯(爵)」の肩書きでオリエント急行や自動車に乗り、両大戦間のヨーロッパ諸国の独特な雰囲気を精力的に直接肌で感じたようです。まさにご夫妻そろってのグランドツアーですね。さまざまな土地を訪れたその経験は帰国後「アール・デコの館」となって具現化されることとなるのです。

ご夫妻が帰国した4年後に建築計画が始まり、設計はエリート集団が集まる宮内省内匠寮(たくみりょう)の職員たち。フランスからはガラス工芸家ルネ・ラリックやデザイナーのアンリ・ラパンらの“本場の力”も借り、約5年もの歳月をかけ朝香宮邸が完成しました。そして所々にパリで絵画を習ったという允子妃デザインのラジエーター・カバーの装飾などもあり、ホッとするアイテムも顔を見せてくれています。しかし允子妃は、新居建設への思い入れが強く、疲労が重なったためか、残念なことに竣工のわずか半年後、42歳の若さで亡くなってしまいます。残された朝香宮家のご家族は、敗戦を経た1947年皇籍を離脱するまで、この家で暮らしました。いやはやなんとも「もう少し住みたかった~」というお気持ちだったのではないでしょうか?でもお二人で過ごした海外生活を思い返しながらの新居構想は本当に楽しく充実していたのだろうなと感じます。そしてその後もさまざまなシーンでご自宅が愛され、人々が集まって穏やかな時が流れていることを喜ばれているのかな~と勝手に想像してしまいます。

旧朝香宮邸を訪れると、正門から建物までの木々に囲まれたアプローチを通過するのですが、そこを通るたびに、タイムトンネルをくぐっているような不思議な感覚になることがあります。“トンネルを抜けると…”みたいな。皆さんもそんなことを感じながら、その当時折々のシーンを思い浮かべてみるのはいかがでしょうか。緑が深まる庭園を眺めながらのんびりお茶するのもいいですよ。

東京都庭園美術館
https://www.teien-art-museum.ne.jp/
銀座ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/ginza.html

参考資料
https://artdiver.tokyo/archives/16739
https://www.homes.co.jp/cont/press/buy/buy_01702/