2025年07月

S__41631787

S__41631789

S__41631790

【旧日本郵船株式会社小樽支店】

先日、長年にわたる保存修理工事を終え、一般公開が再開された旧日本郵船株式会社小樽支店へ行ってきました。建物の前に立った瞬間、目の前に広がる石造りの外観に思わず見入ってしまい、時代を超えて明治の空気に包まれたような、不思議な感動が胸に広がりました。

この建物は1906年(明治39年)に完成し、当時の日本が近代国家として歩みを進める中で、海運業の発展とともに築かれた象徴的な存在です。設計を手がけたのは、工部大学校の第一期生であり、辰野金吾と並ぶ明治建築の先駆者・佐立七次郎。彼の設計によるこの建物は、近世ヨーロッパの復興様式を取り入れたデザインが特徴で、特に正面玄関のポルチコ(柱廊)は堂々とした風格を漂わせています。外壁には堅牢な石材が使われており、建物全体からは当時の技術力と美意識の高さが伝わってきました。

中に入ると、1階の営業室には飴色に輝く木材がふんだんに用いられ、柱や梁の細部にまで職人の繊細な技が感じられます。市内に残る銀行建築に見られる、点検のための出入り口「人孔」もあり、当時の建築様式との共通点に気付かされました。2階に上がると、貴賓室と会議室では、壁紙に使われている「金唐革紙(きんからかわかみ)」の美しさに目を奪われました。これは日本独自の装飾紙で、金箔や型押しによる豪華な意匠が特徴です。和紙にスズなどの金属箔を貼り、版木に打ち込んで立体的な模様を浮き出させたあと、彩色などを施していて、光の加減で表情を変えるその質感は、まさに迎賓空間にふさわしい格式を備えており、建築と装飾が一体となった空間美を堪能でき、迎賓空間としての格式の高さが伝わってきます。

また、2階の廊下の窓から外を眺めた時、景色がほんの少し歪んで見えたのが心に残りました。これは、当時の手吹きガラスを筒状にして切り開き、板ガラスとして使用していたためで、表面にわずかな気泡や凹凸が残っているそうです。さらに驚いたのは、この建物が単なる商業施設ではなく、歴史的にも重要な役割を果たしていたという点です。1906年11月には、ここで「樺太国境画定会議」が開かれました。これは日露戦争後、ポーツマス条約に基づいて南樺太の国境を確定するための外交会議で、日本とロシアの代表団が2階の会議室で交渉を行いました。隣接する貴賓室では祝杯も交わされたと伝えられており、この場所がまさしく国際政治の舞台であったことがうかがえます。

このような歴史的背景を持つ建物が、戦後も大切に守られ、1980年代、そして2020年から2025年にかけての大規模な修復を経て、今もなお当時の姿をとどめていることに深い感動を覚えました。耐震補強や外壁・内装の修復も丁寧に行われ、竣工当初の姿が忠実に再現されている点からも、文化財としての価値の高さを改めて実感しました。

現在では小樽市が所有し、市立博物館の一部として一般公開されており、訪れる人々は明治の建築技術や美意識、そして小樽が「北海道の心臓」と呼ばれた時代の息吹を感じることができます。かつて小樽が物流と外交の要として栄えた歴史を、この建物を通じて肌で感じることができ、とても貴重な体験となりました。

歴史、建築、文化、そして外交が交差する旧日本郵船株式会社小樽支店。単なる観光地ではなく、日本の近代史を深く知るための「生きた資料館」として、これからも多くの方に訪れていただきたいと心から思います。

旧日本郵船株式会社小樽支店
https://kyu-nippon-yusen-otaru.jp/
小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html

S__76791819

S__76791820

S__76791825

S__76791826

【銀座散歩 豊岩稲荷神社】

稲荷神を祀る、稲荷神社。神仏分離の際には神道系と仏教系に分かれ、神道における総本宮は京都市にある伏見稲荷大社とされています。稲荷神社は全国に約3万社あるといわれており、その数は日本の神社の中でも最多です。建物が隙間なく並んでいる東京は銀座の街にも、小さな神社がところどころに造られています。

その一つ、豊岩稲荷神社は江戸初期からこの地に火防神・縁結神として信仰を集め、地元の方々の手で守られてきました。先人の言い伝えによれば、明智光秀の家臣である安田作兵衛により祀られ、大正から昭和戦前には当時活躍した歌舞伎役者の市村羽左衛門をはじめ、多くの芸能関係者が参詣に訪れたことでも知られました。今でも近隣の方々が日々参拝する姿が見られる由緒正しい神社です。近年、縁結びのご利益があるパワースポットとしての呼び声も高くなりました。限りはありますが、御朱印や御守りも授与していただけるそうです。

銀座7丁目のすずらん通りを歩いていると、ビルの狭間で見過ごしてしまいそうなところ、朱色ののぼりが豊岩神社を知らせてくれます。1994年のビル建設により縮小され、現在の形となったそうです。細い裏路地の奥へ進むと、暗がりの中に灯籠が見え、その奥に社殿が姿を現し、2体の狐の像と共に迎えてくれます。銀座の街なかとは思えない、とても静かな空間です。お参りをしていると時折風が通り、灯籠に下げられた風鈴の音が耳に心地よく、涼を運んできてくれました。

そして当店は銀座1丁目、歴史ある奥野ビルの一室にショールームを設けております。銀座散歩へお出かけの際はぜひお立ち寄りください。205号室で皆さまのお越しをお待ちしております。

大寺幸八郎商店 風鈴
https://www.shokunin.com/jp/otera/furin.html
TOUCH CLASSIC 風鈴
https://www.shokunin.com/jp/touchclassic/furin.html
能作 風鈴
https://www.shokunin.com/jp/nousaku/furin.html
銀座ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/ginza.html

参考資料
https://www.ginza-web.com/detail/43/index.html
https://www.ginza.jp/visit-shrines/27210
https://co-trip.jp/article/588276
https://inari.jp/about/faq/
https://jyunen.jp/shrine/%E8%B1%8A%E5%B2%A9%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE/

S__181854211

S__181854212

S__181854213

S__181854214

【小樽・高島散歩】

札幌から向かうと、小樽駅を越えて小樽水族館の手前の漁港がある、小樽市は北端のエリアが「高島」です。かつてニシン漁で栄えたこの地は、1946年に小樽市と合併するまで独立した自治体でした。江戸時代、松前藩は家臣への俸禄をアイヌとの交易権として与え、小樽には「オタルナイ場所」と「タカシマ場所」が設けられました。交易をするタカシマ場所はとてもにぎわい、多くの漁師や商人たちが暮らしていました。今もわずかながら、石造りの倉庫があり、時代の息吹を感じることができます。

道道(どうどう)454号から高島中央線に入ってすぐの高台には、地元の人々に親しまれている「高島稲荷神社」が鎮座しています。ニシン漁での安全と豊漁を願う場として大切にされてきました。創祀は1690年といわれ、北海道の中でも大変長い歴史を持つ神社です。下から眺めても、かなりの急坂。参道を登ると小樽港を望むことができ、小樽八区八景に選定されている絶景です。

高島中央線をさらに奥に進むと、向かって左手に登場するのが、「旧高島町役場」です。かつてこのエリアが一つの自治体として存在していた証です。この建物は1935年に建てられ、重厚感溢れる外壁、縦長の窓が左右対称であるあたりに洋風建築らしさを感じます。今は使われていませんが、古き良き時代の雰囲気をそのままに、今も高島の坂の途中に佇んでいます。

観光の中心部から少し離れた高島には、穏やかな時間が流れていました。海の恵みと人々の暮らし、そして歴史が静かに息づいています。小樽のちょっぴり奥にある、海と歴史のまち・高島。ちょっと足を伸ばして訪れてみるのはいかがでしょうか。歴史の面影が残る小樽ショールームへもぜひお立ち寄りください。

小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html

参考資料
https://hokkaidojinjacho.jp/稲荷神社-57/
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2020100900213/
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2020101500719/