2025年07月

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【江戸の『豆腐百珍』と「玲瓏(こおり)とうふ」】

今年は祇園祭の宵山を待たずに梅雨が明け、京都ではすでに本格的な夏が始まっています。例年なら、雨の季節を挟んで少しずつ夏の準備を進めるところですが、今年は不意打ちのような季節の変化に、衣食住のモード変更もどこか慌ただしく感じられます。麦茶の準備は早々に始まり、熱い蕎麦は冷たい素麺に、氷を作る回数もぐんと増えて、一気に「夏」のスイッチがオンになりました。今年の夏は長くなりそうです。だからこそ、ひんやり冷たいもので体の内側から涼を取りつつ、心穏やかに過ごしたいもの。そんなことを考えていた時、先日からパラパラと読んでいた江戸時代の料理本『豆腐百珍』の現代語版の中に、夏のデザートにもなりそうな清涼感あふれる一品を見つけました。

江戸中期の天明2年(1782年)に出版された『豆腐百珍』は、豆腐を用いた百通りの料理法を紹介し、江戸の庶民の間で一大ブームを巻き起こした料理書です。その人気ぶりは翌年に『豆腐百珍続篇』などの続編が発行されるほどで、さらには『大根百珍』や『鯛百珍』など、ほかの食材を扱った「百珍物」と呼ばれる料理本の人気を牽引しました。この本では、豆腐料理が「尋常品」「通品」「佳品」「奇品」「妙品」「絶品」という6段階に分類・評価されているのも特徴です。特に「絶品」に分類される豆腐料理は、単なる珍しさや見た目の美しさだけでなく、豆腐本来の持ち味を深く追求したものであったとされています。

その中でもひときわ変わったもので、人の意表を突くような料理として「奇品」に分類されているものの一つに、「玲瓏(こおり)とうふ」があります。料理名に冠された「玲瓏(れいろう)」というのは、玉などが透き通るように美しいさま。そこに「こおり」というふりがなが当てられているのを目にしただけでも、なんとも言えない涼しさが心をかすめていきます。そのレシピは、「干凝菜(かんてん)を煮ぬき 其湯にて豆腐を烹(たき)しめ さましつかふ 調味このみ随(しだ)ひ」というシンプルな一文。「寒天を煮溶かし、その煮汁で豆腐を炊き固め、冷まして用いる。調味は好みに応じて」とあり、つまりは豆腐を寒天で寄せたものですが、特定の味付けは書かれていません。食べる人の好みに応じて、醤油や薬味、辛子で、さっぱりとしたおつまみに、あるいは黒蜜やきな粉をかけて冷たいデザートにもできるところに、このレシピの自由度の高さが感じられます。寒天用の流し缶がなくても、手持ちの器に豆腐と寒天を流し入れて作ることができます。

今回はなめらかな絹豆腐と黒蜜を使って、ひんやり甘いスイーツにしてみました。大寺幸八郎商店のかなまりにのせると、透明な寒天と真っ白な豆腐が、いっそう涼しげに見えてきます。冷蔵庫のなかった江戸時代に、見た目や食感、そして冷たい温度まで、五感で涼を感じさせてくれるこの料理は、暑い季節にも心地よさをもたらす一品として、江戸の人々の豊かな季節感と美意識を映し出しているようです。

大寺幸八郎商店 かなまり 小
https://www.shokunin.com/jp/otera/kanamari.html
青龍窯 湯呑
https://www.shokunin.com/jp/seiryu/yunomi.html
青龍窯 汲み出し
https://www.shokunin.com/jp/seiryu/kumidashi.html
小泉硝子製作所 平底蒸発皿 60mm
https://www.shokunin.com/jp/koizumi/johatsu.html
三条ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/sanjo.html

参考資料
https://amzn.to/3ImhQfr
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%86%E8%85%90%E7%99%BE%E7%8F%8D
https://dl.ndl.go.jp/pid/2536494/1/25
https://kotobank.jp/word/%E7%8E%B2%E7%93%8F-661266
https://www.ja-tottoriinaba.jp/product/recipe/detail/%e7%8e%b2%e7%93%8f%ef%bc%88%e3%81%93%e3%81%8a%e3%82%8a%ef%bc%89%e3%81%a8%e3%81%86%e3%81%b5 (レシピ)

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【高尾山】

東京都の霊性の森、「高尾山」に行かれたことはありますか?新宿から電車で1時間弱、標高599mの高尾山は、都心から最もアクセスしやすい「霊山」として、古くから人々に親しまれてきました。年間登山者数は約300万人を超え、世界一の登山者数を誇るともいわれています。高尾の森林は冷温帯と暖温帯の境界に位置しており、それぞれの気候帯に属する生物が適応できるため、多くの種の動植物が生育しています。こうした自然環境は「明治の森高尾国定公園」に指定され、今もなお保たれています。

観光やハイキングのイメージが強いこの山ですが、かつては山伏が歩み、天狗が棲まうとされた修行の聖地でした。高尾山は古くから「飯縄権現(いづなごんげん)」を本尊とする霊山であり、その化身とされるのが「天狗」です。飯縄権現は、鎌倉時代から室町時代にかけて、長野県の飯綱山を中心に広まった信仰で、高尾山へは14世紀ごろに伝わったと考えられています。特に高尾山では、鼻高天狗と烏天狗の姿が多く見られ、彼らは山を護る存在であると同時に、山伏と呼ばれる修験者たちを導く存在として信仰されてきました。天狗は、山の神秘を象徴する存在として、また修行者を導く霊的存在として広く知られています。高尾山は、日本古来の山岳信仰と仏教などが融合した「修験道」の聖地として発展し、山伏たちは厳しい山中での修行や祈りを通じて、心身を清め、自然との調和を図ってきました。

こうした修行や信仰の中心となってきたのが、高尾山の中腹に位置する「高尾山薬王院有喜寺」です。今から約1200年前に開山された真言宗智山派の大本山です。起源は、744年に聖武天皇の勅命により奈良の東大寺を建立した行基僧正が、東国鎮護の祈願寺として開山したのが始まりとされています。開山当初は薬師如来をご本尊とし、その後、カラス天狗姿の飯縄権現を守護神として祀り、神仏習合の修験霊場として発展していきました。天狗信仰のお寺として知られ、飯縄権現のご眷属である天狗は神通力を持ち、その力で人々の願いを叶えると信じられています。

登山道を歩いていると、「六根清浄」という言葉が書かれた看板を目にします。これは「眼・耳・鼻・舌・身・意」の六つの感覚器官を清めるという意味で、かつての山伏たちはこの言葉を唱えながら山を登り、心の中の煩悩を反省し、清めていました。山伏は大自然の中で心身を鍛え、自然そのものに仏を見出すという独特の世界観を持っています。高尾山では、薬王院を中心に今も護摩焚きや祈祷、「琵琶滝」と「蛇滝」で滝行などの修験道の実践が続いており、一般の参拝者もその一端を体験できます。

こうした信仰の背景には、高尾山の山頂から富士山を望むことができるという地理的な要素もあります。富士山もまた古くから登拝の対象であり、高尾山と富士山は、関東に暮らす人々にとって特別な意味を持つ「霊山」として結びついてきました。江戸時代には富士山を神聖視した民間信仰「富士講」の信者たちが、高尾山を経由して登拝を行った記録も残されています。高尾山に設けられた「富士浅間社」では、富士山まで行けない人々がここで富士を遥拝するようになりました。さらに、高尾山から富士山まで歩く「富士登拝徒歩連行」という修行もあるそうです。

この豊かな自然に恵まれ、多くの動植物の生命の力に満ちた高尾山のことを、先人たちは「霊気満山」という言葉で表しました。登山や参拝の名所として親しまれる中にも、今も息づく霊性を感じることができるのが高尾山の魅力なのではないでしょうか。

ショールームのご案内
https://www.shokunin.com/jp/showroom/

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/高尾山
https://www.nippon.com/ja/views/b06405/
https://www.kankyo1.metro.tokyo.lg.jp/naturepark/know/park/introduction/toritu/meiji/characteristic.html
https://www.takaosan.or.jp/about/
https://www.takaosan.or.jp/about/syugen.html
https://takao-fumoto.com/takaosan-navi/shugendo/
https://ja.wikipedia.org/wiki/高尾山薬王院

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【はじめちょろちょろなかぱっぱ】

いつ覚えたのか、誰から教わったのか分からないけれど、すらすらと言える呪文のような言葉。「はじめちょろちょろなかぱっぱ、あかごないてもふたとるな」。江戸時代から伝わるご飯の炊き方の秘訣を、リズムに乗せた言葉です。

地域により伝わり方は多少異なるようですが、「はじめちょろちょろ中ぱっぱ、ぶつぶつ言うころ火を引いて、ひと握りのわら燃やし、赤子泣いてもふたとるな」という全文があり、羽釜でご飯を炊くことと連動したこの言葉には、工程だけではなくおいしくなる理由も隠されていて、現代の炊飯にも生かされています。

昔の家にはかまどがあり、金属でできた羽釜の羽をかまどの穴にかけ、薪を焚べて火加減を調整しながらご飯を炊いていました。「はじめちょろちょろ」は、炊き始めは火力が安定せず火が弱く、火の様子を見ながら薪を足す工程で、そのじわじわと温度が上がっていく間にお米が水分を吸い、じっくりと甘みを引き出します。

火が安定してきたら、「中ぱっぱ」。強火で吹きこぼれるほど沸騰させることで、米が対流し均一に加熱されます。「ぶつぶつ言うころ火を引いて」は、沸騰を保ちながらも薪を減らし火加減を少し弱めます。釜の保温性により、ここでしっかりと火が通り、米の甘みとうまみが増します。「ひと握りのわら燃やし」は、再び少しの間強火にし、余分な水分を飛ばします。すると、ハリを残したふっくらとした米粒になります。

最後に、「赤子泣いてもふたとるな」。釜の中の水分を飛ばして火を止めたら、しっかりと蒸らしお米にうまみを閉じ込めます。おいしいご飯になる重要なポイントのため、小さな子がお腹を空かせて泣いても、蓋を取りたい気持ちをぐっとこらえ、蒸らすことを表しています。現代では、かまどを使う機会は少ないですが、直火でご飯を炊く場合にもこのリズムを覚えておくと良さそうです。「はじめちょろちょろ」の部分だけ、弱火から徐々に温めたほうが良い鍋や、最初から強火にかけられる鍋など、それぞれの鍋の個性に合わせた方法をおすすめします。

そして、羽釜と木蓋もご飯炊きに深い関係がありました。羽釜の適度な深さと丸みのある底の形は、大きな対流を生みやすく、米粒が踊るように動きます。釜の羽は、かまどに引っ掛けるためだけではなく、吹きこぼれた水分を羽が受け、鍋肌を伝い火を消さないため、火加減を保てます。木蓋のように厚みのある蓋は、湯気を吸って重くなることでしっかりと密閉し、圧力をかけながら炊くことができますし、木製のため、適度に蒸気を逃すこともできるので、炊き上がったご飯に水滴も落ちません。

スズ木の羽釜ごはん鍋は、昔ながらの羽釜の特長を生かした土鍋釜です。萬古焼の陶土を使った土鍋ならではの耐熱性・蓄熱性・保温性で、強火でもゆっくりと火を通し、遠赤外線効果でご飯がふっくらツヤツヤになります。ショールームでは、木蓋が一際目を引き、土鍋らしい丸くてあたたかみのあるかわいらしい形と、白いご飯が映える鍋の黒色も存在感があり、多くのお客様にご覧いただいています。お米が貴重な今だからこそ、一食のご飯を大切に炊いてみてはいかがでしょうか。

スズ木 羽釜ごはん鍋
https://www.shokunin.com/jp/suzuki/
若松ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/wakamatsu.html

参考資料
https://panasonic.jp/life/food/110021.html