2025年05月

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【ベトナムコーヒー】

ベトナムはハノイの旅行土産にベトナムのコーヒーを頂きました。見るからに濃くて苦そうだったので、エスプレッソメーカーで淹れ、ラテにして飲んでみました。最近はフルーティーなコーヒーを楽しんでいましたが、このしっかり苦くて濃厚なコーヒーも、とてもおいしく感じました。

ベトナムは、コーヒー豆の生産量でブラジルに次いで世界第2位を誇るコーヒー大国です。練乳をたっぷり使用して飲むのが特徴ですが、このスタイルは、19世紀のフランス植民地時代に生まれたといわれています。当時のフランス人は苦みの強いコーヒーにたっぷりの牛乳を入れて飲むことを好んでいました。しかし、亜熱帯や熱帯に位置するベトナムでは牛乳の保存が難しかったため、代わりに保存性の高いコンデンスミルク(練乳)が使われたことから、独自のベトナムコーヒーのスタイルが生まれたそうです。現代フランスではエスプレッソマシンによる抽出が主流になっていますが、ベトナムでは今でも、カフェ・フィンと呼ばれる伝統的な小さなアルミ製のドリッパーを使用して、一杯ずつ丁寧に淹れられています。

ベトナムでおもに栽培されているのは、苦味が強くて酸味が少なく、香ばしい風味が特徴のロブスタ種です。インスタントコーヒーや缶コーヒー、製菓用のコーヒー、ブレンドのアクセントなどにもよく使われています。ロブスタ種は、世界で最も流通しているアラビカ種の約2倍のカフェインを含んでおり、そのため苦味もしっかりと感じられる力強い味わいがあります。コーヒーの苦味は、豆の品種だけでなく、お湯の温度が高いときや、抽出時間が長いとき、豆を細かく挽いたときなどにも強くなります。ベトナムのドリッパーは圧縮されたコーヒー粉の中をゆっくりとお湯が落ちていく構造のため、かなり濃いコーヒーが抽出されます。そこにコンデンスミルクや大量の氷を加えるのが定番で、ほかにもココナッツコーヒー、エッグコーヒーやヨーグルトコーヒーといったユニークな飲み物もあるのだそう。

そもそも苦味という味覚には、体にとって有害な物質を見分けて避けるという役割があるそうです。苦味は舌の味覚受容体だけでなく、鼻や気道、胃などでも感知され、呼吸や消化の調整を通じて体を守る働きをしています。もしかすると、「苦味を味わう」という行為は、その本能的な防御反応の延長線上にあるのかもしれません。

ベトナムのアイスココナッツミルクコーヒーは、作り方も簡単でおいしい一品です。まず、氷、ココナッツミルク、練乳をミキサーにかけて、シャーベット状にします。次に、濃いめに入れたブラックコーヒーを用意し、そこにシャーベットを入れます。冷たいココナッツミルクのシャーベットと、濃厚なブラックコーヒーが絶妙に絡み合い、リフレッシュできる一杯の完成です。

ベトナムにはカフェが至る所にあります。ザーッとスコールが降る1~2時間、その間カフェで雨宿りをして、雨が通り過ぎるのをゆったり待ちます。そんな過ごし方も、南国らしくてすてきだと思いました。

TOUCH CLASSIC オールドグラス
https://www.shokunin.com/jp/touchclassic/glass.html

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/ベトナムコーヒー
https://encore-coffee.com/column/coffee-bitterness/
https://hibi-decaf.jp/coffee/coffee-three-major-species/
https://watobi.jp/oishisa/6166.html
https://coffee-effect.com/a03-02-005coffeefin.html
https://youtube.com/shorts/I4x2bP0P-cw (レシピ)

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【バウハウス】

一度見たら忘れられない、角ばった幾何学的な建築と外壁の「BAUHAUS」のタイポグラフィ。このドイツの美術学校は、モダンデザインの基礎を築きました。

バウハウスのルーツは、19世紀末から20世紀の初頭にかけて、イギリスをはじめとする欧米諸国で盛んになった「アーツ・アンド・クラフツ運動」に遡ります。現在もなお植物文様などの装飾性の高い壁紙が人気を集める、画家のウィリアム・モリスが主導しました。産業革命により質の悪い工業製品が大量に作られたことに異議を唱え、職人による「手工芸の復興」を目指したアーツ・アンド・クラフツ運動は、その後のアール・ヌーボーやアール・デコの流行のきっかけにもなりました。

アーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受け、1907年にはドイツでヘルマン・ムテジウスが中心となり、職人や芸術家、建築家によって「ドイツ工作連盟」が結成されました。アーツ・アンド・クラフツ運動での「芸術」と「工芸」から、「芸術」と「機械生産」の融合に目を向け、工業製品や産業品の良質化を目指したドイツ工作連盟の活動は、インダストリアルデザインの始まりといわれています。

1914年、「規格化」を推進するドイツ工作連盟を率いたヘルマン・ムテジウスと、芸術家の個性・芸術性を擁護するアール・ヌーボーを率いたヴァン・ド・ヴェルドの間で「規格化論争」という対立が起こります。この論争を経て、これまでの伝統的芸術が機械生産社会についていけなくなったことで、新たな「美」の基準を作る必要がある、と作られたのが、バウハウスなのです。

バウハウスは、1919年にドイツのワイマールに設立され、ドイツ工作連盟の一員でありヘルマン・ムテジウスの意思を継いだ建築家ヴァルター・グロピウスが初代校長を務めました。バウハウスとは、ドイツ語で「建設小屋」を意味します。グロピウスは、教師と生徒がデザインスタジオやワークショップで一緒に技術を追求することを大事にしました。また、芸術を総合的に捉えることを目指し、絵画の学校、彫刻の学校、建築の学校のように分けるのではなく、すべての芸術を同じ屋根の下に置き、互いに影響し合えるようにしました。

原色を効果的に用いたシンプルなデザインと、ガラス、スチール、セロファン、合板など、20世紀初頭のモダンな素材の使用により、バウハウスデザインは大量生産され多くの人々が手にすることができたため、国際的に高い評価を得て大きな注目を集めました。しかし、1925年にデッサウに、1932年にベルリンに移転したバウハウスは、ナチス政権から弾圧を受け、1933年に完全閉校を余儀なくされました。

バウハウスが、それまでの西洋芸術で絶対とされていた黄金比や左右対称のような伝統的なルールや価値観をいったん忘れ、0から新しいものを作ろうとしたことは、非常に画期的なことでした。また、職人による手工芸と新技術である機械生産の技術の両方を生かすため、形状、色、材料、テクスチャなどをすべて考え直したことで、現代にも通ずる、派手な装飾をしない合理的で機能的なデザインが生まれました。

たった14年で幕を閉じたバウハウスですが、ヨーロッパでは当時、バウハウスが一つのきっかけとなり「モダニズム(近代主義)」が起こり、伝統芸術からの脱却を果たしました。バウハウスを取り巻く歴史をたどる中で、日本における工業製品や工芸・民芸をめぐる議論と重なる点がいくつもありました。もう何十年も前に、個人の芸術性と技術の進歩を相反するものとせず、融合させようと大きな変化を起こしたバウハウス。この小さな美術学校が、全世界、そして現代社会に与えた影響は計り知れません。

参考資料
https://officialbauhaus.jp/blogs/magazine/what-is-bauhaus
https://bijutsutecho.com/magazine/series/s71/26965
https://artscape.jp/artword/6402/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0

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【北海道の春模様】

小樽もすっかり春の装いになりました。いろんな花がどんどん咲き出し、冬の雪のみ、白のみの景色から一転。色が押し寄せてきます。まず雪が解け、地面が出たら、白のスノードロップやクロッカス、ミニアイリスといった小球根類がトップバッターで開花。それから黄色のレンギョウが咲き、梅、こぶしに水仙。パンジー、ビオラも咲きます。ピンクの桜と桃、雪柳。ジューンベリー、芝桜。遅咲きの濃いピンクの八重桜が満開になり、昨日は赤、紫などチューリップが咲き出しました。私は趣味で庭作りをしており、我が家の庭のチューリップは、昨春鹿に球根を食べられて全滅。花が見られなかったので、今年のリベンジ成功は感無量です。

街の景色で見かけて愛でるのも風流ですが、時代はタイムパフォーマンスも重要なご時世。いろいろ見るのにおすすめなのが、北海道各地にいくつもある観光ガーデンです。札幌近郊でおすすめなのは「白い恋人パーク ローズガーデン」。廃番になって今は手に入らない貴重なイングリッシュローズをはじめ、200種類のバラと草花のガーデンで、至る所がフォトスポットになるすてきな空間です。また、「ロイズ ローズガーデン」も、たくさんのバラと宿根草が見られます。こちらは3カ所あり、それぞれ見所満載です。では、もっと北海道特有の植物が見たいなという方には、「北海道大学植物園」をご案内したいです。日本で2番目に古い歴史を持つ植物園で、園内には研究用に収集された植物が栽植され、珍しい花々や植物が満載です。古い建物のいくつかは築百年超えで、なんだか別世界の雰囲気です。こちらにもバラ園があります。

実は北海道のシンボルである「道の花」は、ハマナス。これはバラの原種の一つで、現代のバラのご先祖様にあたります。きっと皆さんもご覧になったことがありますよ。北海道菓子メーカー「六花亭」の包装紙に描かれているピンクの花がハマナスです。北海道では国道など道路沿いに植えられているのを見かけたりします。秋にはミニトマトかと思うような実をつけ、ジャムになったりしています。北海道とバラには深い絆があると言えるかもしれません。

本州ではそろそろバラが咲き始めると聞きました。北海道のバラは、桜と同じく本州と時期がちょうど1カ月ほどずれて、6月後半あたりからです。最近の北海道は、夏は35℃を超え、冬はマイナス10℃、雪もドカンと積もり、人間にも植物にも過酷な環境です。それでもバラに限らず植物たちは優美で繊細な花を咲かせてくれます。色とりどり、形も多種多様の花たちに癒やされる体験をしに、ぜひ北海道にお越しください。

小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html

参考資料
https://www.shiroikoibitopark.jp/facility/rosegarden.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000688.000033166.html
https://www.hokudai.ac.jp/fsc/bg/
https://www.nga.gr.jp/pref_info/symbol/hokkaido.html