2025年03月

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【明太子】

福岡県と聞くと思い浮かぶ食べ物はどんなものがありますか?豚骨ラーメン、もつ鍋、水炊き、ごぼう天うどんに、焼き鳥など名物料理は数多く存在しますが、そこに必ずというほど並ぶのが「明太子」ではないでしょうか。お土産としても人気が高く、空港や主要駅のお土産コーナーにいけば目移りしてしまうほど各社自慢の明太子が並んでいます。

これだけ明太子があふれているので、「福岡県民は毎日明太子を食べているんでしょう?」というイメージを持たれることが多いのですが、少なくとも我が家では明太子はあくまでも贈答品。お中元やお歳暮に、または県外に住む友人への手土産として選ぶものです。贈答用として買いに行ったときに、自宅用にも少し買おうかなという程度で、決して冷蔵庫に常備されているようなご飯のおともではありません。冷蔵庫にあると明日の朝ご飯が少し楽しみになる、そんな関係性です。自宅用に買うときは製造過程で形が崩れたものを集めた「切子」や「バラ子」と呼ばれるものを購入することが多いです。忙しい朝にはさっとご飯にのせるだけで食べることができますし、パスタソースなど料理で使う時も時短になり便利です。「自宅用」として販売されていることが多いのですが、この便利さを知っている友人からは「バラ子」を指定されることもあります。

全国辛子めんたいこ食品公正取引協議会の定義によれば、「辛子めんたいこ」とは、「すけとうだらの卵巣(卵を含む)に唐辛子を原料とする調味液等で味付けしたもの」。このすけとうだらの卵を加工する食文化は17世紀の朝鮮半島にはすでに存在していたそうです。これが博多名物になったのは、第二次世界大戦後、朝鮮半島から引き揚げてきた「ふくや」の創業者である川原俊夫氏が「あの味を日本でも広めたい」と独自の味付けや加工法を生み出したのが始まりです。現在、福岡県内の明太子専門業者はなんと約200社。福岡県へ旅行や出張に来られたことのある方は、所狭しと並ぶ明太子を前に「一体どこの明太子を買えばいいんだ?」と途方に暮れた経験のある方もいらっしゃるかもしれません。そこで、今回は当店若松ショールームのある北九州市に本社を置く、おすすめの明太子メーカーを二つご紹介したいと思います。皆さまの明太子選びの参考に少しでもなれば幸いです。

「平塚明太子」:こちらの明太子の特徴はなんといっても10段階に分けられた辛さの違う明太子です。明太子の多くは甘口(唐辛子不使用など)、中辛、辛口に分けられていることが多いのですが、こちらには珍しい「激辛」も存在します。我が家でよく買うのも平塚明太子の「辛口」です。石原裕次郎さんがお好きで、取り寄せていた明太子としても有名です。辛さに自信のある方や、うまみと辛みのどちらも味わいたいという方には特におすすめです。

「かば田食品」:大正10年に漬物店として創業した歴史があり、材料を層にして漬け込む方法と、昆布を隠し味にした「漬物貯蔵製法」で製造しています。昆布のうまみがしっかりと利いた昆布漬けの明太子は白いご飯によく合います。こちらは明太子だけでなく、「いわしめんたい」や「いかめんたい」など、明太子を使った加工品も種類豊富でお土産としてもぴったりです。北九州市近郊のスーパーや駅にある「おにぎり処かば田」では、たっぷりの明太子を使用したおにぎりも販売されています。

材料や調味料はシンプルながらも、知れば知るほど奥深い明太子の世界。福岡にお越しの際は、じっくり明太子と向き合い、これだと思う逸品をお土産にしてみるのはいかがでしょうか?若松ショールームへお越しの際は、ぜひ北九州の明太子も味わってみてください。

大寺幸八郎商店 かなまり 小
https://www.shokunin.com/jp/otera/kanamari.html
丹窓窯 スリップウェア 豆皿
https://www.shokunin.com/jp/tansou/slipware.html
若松ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/wakamatsu.html
平塚明太子専門店
https://www.hira-tsuka.co.jp/
かば田食品
https://www.ten-to-maru.co.jp/

参考資料
https://www.mentaiko-ftc.org/mentaiko-story/

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【日本の重工業発展の礎を築いた官営八幡製鐵所】

2023年末から連日ニュースで目にする、鉄鋼業界世界4位の日本製鉄株式会社によるアメリカのUSスチール社買収の話題。ここ北九州市は、家族や親戚、友人家族など、ごく身近な存在に「製鉄関係者」がいる地域で、それもそのはず、現在の日本製鉄株式会社の始まりは、日本の重工業発展の基盤となった官営八幡製鐵所です。

急速な産業化が進んだ幕末から明治。鉄道網の拡大とともに明治中期には、繊維産業などの発展で、物を運ぶ船や鉄道などの素材となる「鉄」の需要が高まりました。しかし、そのほとんどを海外からの輸入に頼っていた当時、国の財政は圧迫されていきます。日清戦争後、国内産の鉄鋼を求める声が高まり、政府は国家事業として「銑鋼一貫製鉄所」の建設に取り組み、明治34年(1901年)、北九州・八幡の地に官営製鉄所が設立されました。製鉄所が当時の八幡村に建てられたのは、筑豊炭田に近く水源もあること、陸海の輸送に便利な洞海湾に面する立地であること、燃料となる石炭の調達や鉄鋼の輸送に適した地理的な特長に加えて、私財をなげうって誘致に尽力した八幡村村長の存在があったそうです。

東田第一高炉をはじめとする生産設備や修繕工場・鍛冶工場などの施設からスタートした官営八幡製鐵所は、操業当初数々の生産課題に直面しました。当時の日本は製鉄の知識も経験もないので、ドイツに設計から建設までを依頼し、ドイツ人技師や釜石鉱山田中製鉄所の技術支援を受け、本格的な操業に至るまでには3年余りが費やされます。しかし設立から10年後には、苦境を越えた技術者たちの力により、国内で生産される鋼材の90%以上を占める大量生産と増産を軌道に乗せました。本格操業後は急激に成長を遂げ、軍備拡張のため鉄が必要であったこと、また戦後は民間からの需要が増え、高炉を増やすことで生産量を2倍以上に拡大、1932年には官営から民営に移行されました。企業としてものづくりの発展に大きな役割を果たし、現在の日本製鉄株式会社は、日本国内および世界15カ国以上に製造拠点を展開、一貫して日本の鉄鋼業界のリーダーとして存在しています。

幕末から猛スピードで経済大国へと発展を遂げた日本。官営八幡製鐵所の操業開始を機に、国の基幹産業が集中し工業都市として大きく邁進していくこととなり、日本の発展に寄与したとして、官営八幡製鐵所は「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として平成27年に世界遺産に登録されました。市内および近郊には関連施設として、「官営八幡製鐵所旧本事務所」「官営八幡製鐵所修繕工場」「官営八幡製鐵所旧鍛冶工場」「遠賀川水源地ポンプ室」の4つが今も残ります。現在も稼働中の工場構内にあるため施設は一般公開されていないものの、JRスペースワールド駅から徒歩10分の場所には旧本事務所を眺望できる無料スペースが設置されており、官営八幡製鐵所の歩みや「明治日本の産業革命遺産」に関する解説パネルや写真を見ることが可能です。また、スペースLABO ANNEX内には、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の全体を紹介する展示もありますので、ご覧になってみてはいかがでしょうか。「東田第一高炉」は、1972年に役目を終えモニュメントとして保存されていて、高さ30mある大迫力の高炉は、北九州を象徴する建造物となっています。

北九州、そして日本の経済発展において、官営八幡製鐵所と洞海湾が大きな役割を担ったことは間違いありません。若松ショールーム近くのわかちく史料館では、明治初期から筑豊炭田で産出された石炭の積出し港として栄えた若松の歴史や洞海湾の築港の歴史、官営八幡製鐡所とのつながりを学ぶことができます。洞海湾を眺めていると、かつての官営八幡製鐵所の繁栄に沸く北九州の景色が目に浮かんでくるように思います。「明治日本の産業革命遺産」と共に、若松ショールームへもぜひお立ち寄りください。

若松ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/wakamatsu.html
官営八幡製鐵所 旧本事務所 眺望スペース
https://kitaq-whs.jp/visit/
わかちく史料館
https://www.wakachiku.co.jp/shiryo/access.html

参考資料
https://kitaq-whs.jp/about/spot/
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/somu/graph-f/2021winter/yahata/index.html
https://www.nipponsteel.com/company/about/
https://kitaq-whs.jp
https://www.gururich-kitaq.com/spot/world-heritage-state-run-yawata-works-related-facilities