2024年11月

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【カレンダーのリメイク術】

人間国宝の染色工芸家・芹沢銈介の門下で学んだ、小田中耕一氏による型染めの絵柄が人気の「日本の手仕事カレンダー」。師走が近づき、当店の在庫も残りわずかとなりました。売り切れますともう手に入れることはできません。

先日、三条ショールームでカレンダーをご購入のお客様とお話しする機会がありました。「毎年どの月の絵柄も可愛くて、何年もずっと取ってあるんです」と仰っていたのが印象に残り、「使い終わったあとも、その魅力を生かして新たな形で楽しむ方法はないだろうか?」と考えてみたので、今日は“カレンダーのリメイク術”について、いくつか提案させていただきたいと思います。

日本の手仕事カレンダーの一番の魅力は、月ごとに変わる美しい絵柄。絵柄の部分を切り取って、メッセージカードや季節のご挨拶のカードに、読書がお好きな方は手作りの栞として、季節感のあるさまざまなペーパーアイテムとして再活用することができます。

さらに、ずっと見ていたいほど気に入った絵柄は、切り取って小さなフレームに入れれば、壁やデスクを彩るインテリアの一つにリメイクすることが可能です。季節に合わせて絵柄を入れ替える楽しみも増えますね。また、切り絵やコラージュの素材としても再利用できます。ノートの表紙に貼ったり、アルバムを装飾したり、スクラップブックのアクセントにしてみたりするのはいかがでしょうか?

語学を学ばれている方なら、絵柄を切り取ってその裏に学習中の言語の単語で絵柄の単語と意味を書き込めば、日本の手仕事に関するオリジナルの単語カードが毎月増えていきます。少しずつカードが増えていきますので、単語力を蓄積している実感を得ることができ、学習意欲の向上にも一役買ってくれるかもしれません。また、海外の方へ日本の手仕事をお伝えする機会があれば、「日本の手仕事紹介カード」としてご活用ください。

このように、ちょっと考えただけでもいろいろなアイデアが浮かぶカレンダーのリメイク術。年末年始のご挨拶や、プレゼントとしても人気のカレンダーですが、おすすめの「その後」の使い方がありましたら、お渡しする際に一緒にお伝えするといろいろな楽しみ方をシェアできると思います。1点から送料無料でお手元にお届けできますので、ぜひ商品ページもご覧くださいませ。

手仕事フォーラム 日本の手仕事カレンダー
https://www.shokunin.com/jp/teshigoto/calendar.html

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【高瀬川と京都】

高瀬川といえば、森鴎外の小説『高瀬舟』でご存じの方も多いかと思います。小説では京都から大阪へと罪人を護送する、物悲しく暗いイメージで描かれるのですが、実際の高瀬川は京都からの水運事業に繁栄をもたらした運河です。高瀬舟というのは、浅瀬を進むことのできる底の平たい舟で、水深数十センチメートルほどの高瀬川を、人の手で引かれて行き来していました。

高瀬川が開かれたのは江戸時代に入ってまもない慶長16年(1611年)のこと。大規模運河の開削など、現代ならば間違いなく国家事業ですが、豪商角倉(すみのくら)家の了以(りょうい)・素庵(そあん)親子が自ら幕府に願い出て許可を得、土地を買い、資金を出してこの大事業に取り組みました。角倉家は、もとは室町時代から続く幕府お抱え医師の家柄でしたが、土倉業(金融業)を営んで財をなし、さらには南蛮貿易や朱印船貿易で莫大な富を得ました。潤沢な資金を背景に、角倉親子が高瀬川開削にかけた費用は、現在の額にしておよそ150億円。民間でこれだけの規模の公共事業を行ったことは驚きに値しますが、完成後の高瀬川の通行料でたちまち元が取れたというのですから、その経営センスがうかがえます。

ただ、この事業を利益ありきの投資のように捉えてしまうのは早計に過ぎると私は思います。というのも、それまで水運に利用されていた鴨川は、古くから大雨のたびに氾濫し、あの白河上皇でさえも「鴨川の水は自分の思いどおりにならない」と嘆いたというほどの暴れ川でした。氾濫のたびに大きな被害を受けていた人々には、安定して物資を運ぶことのできる運河がどうしても必要でした。また了以は、政治の中心が江戸に移ってしまったことに対して、都衰退の危機感を持っていたともいわれます。京都・大阪間の輸送ルートの確保は、商人のみならず、いわば京都全体にとっての死活問題でもありました。

角倉素庵が角倉家の朱印船「角倉船」に乗り込む商人たちのために作った「舟中規約」には、角倉家の事業経営姿勢を見て取ることができるので、一部抜粋してみます。

「そもそも貿易の事業とは、有るものと無いものが互いに通じることで、他にも己にも利益をもたらすものである。他に損失を与えることによって、己の利益を図るためのものではない。ともに利益を受けるならば、その利はわずかであっても、得るところは大きい。利益をともにすることがなければ、利は大きいようであっても、得るところは小さいのだ。」

「異国とわが国とは、その風俗や言語は異なるが、天より授かった人間の本性にはなんの違いもない。お互いが同じであるということを忘れ、違いをあやしんだり、あざむいたり、あざけったりすることは、いささかもしてはならない。たとえ相手がその道理を知らずにいようとも、自分はそれを知らずにいてもよいということにはならない。」

これらの言葉には、自らの利益だけを追求するのではなく、他者を尊重し、全体の利を重視する大きな視座が感じられます。高瀬川開削にあたっても、河岸の住民に対しては事前に「万一工事が途中で頓挫した場合には、土地をすべて元通りにして返す」という誓約を交わすなど、人々に不利益が生じないよう配慮し、また工事や舟の運航によって大量の雇用を生み出しました。高瀬川が開通し、水運によって物を運べるようになると、人と物の交流が活性化して川沿いには材木商などが軒を連ねるようになり、「木屋町」の名前もここから派生したといわれています。周辺は旦那衆が通う茶屋や料亭でにぎわい、舞妓さんで知られる祇園の花街文化もここから発展していきました。

京都の人々に利をもたらさんとする角倉親子の思いから始まり、その後も繁栄の流れを生み出し続けた高瀬川は、明治に運河としての役目を終えるまで、約300年にもわたって京都の物流を支えました。その後、暗渠にして路面電車を走らせる計画が持ち上がりましたが、住民の大反対によって川は残されることとなり、現在も地域の人々によって大切に守られています。

京都の市中を鴨川に寄り添うように流れる高瀬川。そのせせらぎは、春には桜、初夏には蛍、秋には紅葉と、四季折々に美しい表情を見せてくれます。三条ショールームから北東に15分ほど歩くと、その起点である「一之船入跡(いちのふないりあと)」を訪れることができます。ぜひ散策してみていただけたらと思います。

三条ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/sanjo.html
がんこ高瀬川二条苑(角倉了以別邸跡)
https://maps.app.goo.gl/CSXMWE3C79fX4RwZA

参考資料
『京都 高瀬川 ―角倉了以・素庵の遺産―』(石田孝喜著、思文閣出版、2005年)
https://core.ac.uk/reader/236037210
https://florist-westvillage.com/kiyamachi-kyoto/%E6%9C%A8%E5%B1%8B%E7%94%BA%E9%80%9A%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2/

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【お酢】

お酢は、人類が作り出した最も古い調味料の一つです。その起源は、果物などを保存するうちに自然発酵でお酒が生まれ、そこにさらに菌が作用して酢酸が生成されたことに遡ります。フランス語の「vinaigre(ビネーグル)」という言葉も、ワイン(vin)が酸っぱくなる(aigre)ことでお酢が生まれる過程を示しています。

人間の味覚には甘味、塩味、旨味、苦味、酸味がありますが、酸味は特に注意喚起の役割を果たします。腐敗物や未熟な果実を認識させる一方で、酸味には唾液分泌を促し食欲を刺激する効果があり、さらには緊張を緩和してストレスを和らげる作用もあります。また、疲労回復や筋肉痛を緩和する効果もあり、お酢に含まれる酢酸やクエン酸などの有機酸が、疲労の原因となる乳酸を分解したり、乳酸の蓄積を抑えたりしてくれるそうです。

古代の文明の中で、最初に酢を使用したのはエジプトであると考えられています。日本は仏教の伝達とともに肉食を禁じたために、魚や野菜を調味して食する文化が発達して、貴重な生の魚介類を食べる刺身を食するのにお酢と塩が利用されました。奈良時代には、貴族の間で「四種器」と呼ばれる、醤、塩、酢、酒のセットが用いられ、酢は高級品として扱われていました。平安時代には、魚介類を細く切った「鱠(なます)」が登場し、室町時代には「氷頭なます」や「酢の物」などが作られました。お正月料理の「紅白なます」はその名残といえます。江戸時代になると、醤油の普及により、生魚を醤油とわさびで食べる今日の「刺身」文化が確立しました。同時に、酢も「二杯酢」「三杯酢」など、味噌や醤油との和え酢が工夫され用いられていくようになりました。

世界中で作られるお酢は、その土地の特産品や酒造文化に由来しています。たとえば、アジアでは米酢、中国北部では雑穀酢、南欧ではワイン酢、アメリカやドイツではリンゴ酢、イギリスでは麦芽酢、中東や北アフリカではデーツ酢が一般的だそうで、その土地の文化や伝統を反映しています。

最近の私のお気に入りのお酢を使った料理は、台湾の朝ご飯の定番「鹹豆漿(シェントウジャン)」です。この料理は、温かい豆乳にお酢を加えることでおぼろ豆腐のように固まるスープです。具材にはラー油、醤油、小ねぎ、干しえび、揚げパン(油條)、たくあん、パクチー、ザーサイなどが使われ、ほっとする優しい味わいです。私が作るときは具材をアレンジしますが、中国の香酢や黒酢を使うと、独特の風味が加わりおいしく仕上がります。手軽にできて体が温まる一品なので、これからの季節にもおすすめします。ぜひ試してみてください。

世界中の人の健康や食文化を支えてきたお酢に感謝し、お酢をもっと活用してみたくなりました。

THE 醤油差し
https://www.shokunin.com/jp/the/
白木屋漆器店 手塩皿
https://www.shokunin.com/jp/shirokiya/teshio.html
白山陶器 平茶碗
https://www.shokunin.com/jp/hakusan/hirachawan.html
東京豆漿生活
https://maps.app.goo.gl/9c7d21VVkF1HPGAt8
銀座ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/ginza.html

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/
https://www.iio-jozo.co.jp/mame/history.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/
https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience/54/3/54_153/_pdf
https://taiwan-ten.com/sweet-taiwan-time/3345
https://tdu.repo.nii.ac.jp/record/205/files/11.%E5%A4%96%E5%86%85%E5%85%88%E7%94%9F%E3%80%80.pdf