2024年02月

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【群来(くき)】

小樽ショールームの海側の窓をチラッと見ると、空を白くひらひらと舞うものが見えました。雪が降っているのかなと思いましたが、様子が違うのでよく見てみるとカモメなどの海鳥が群がるように飛んでいて、白い羽が舞い上がる雪のようでした。小樽沿岸で「群来(くき)」が見られたというニュースを思い出し、それに誘われて海鳥たちも集まっているのではないかと思いました。

群来とは、ニシンが海岸付近に大群で押し寄せて産卵活動のために海が白濁することで、ニシンの豊漁の兆しとも言えます。ニシンは沿岸の浅く海藻の多い場所で産卵するため、2~3月ごろの日本海沿岸で見られます。しかし、群来は毎年必ず起こるものではなく、ここ10年ほどは続いて見られるようになりましたが、それ以前は小樽沿岸にニシンが来ない時期が続いていました。

小樽はニシン漁で栄えた港町と言っても過言ではありません。江戸時代~明治時代に、大阪と北海道を結ぶ日本海側の航路を往復する商船「北前船」への積荷として、北海道産の昆布や鮭、ニシンなどの海産物が積み込まれ、多くの利益を上げていましたが、なかでもニシンはニシン粕という良質な魚肥を作ることができ、菜種・綿花・藍などの作物を育てるのに重宝される商品でした。また、ニシンを乾燥させた身欠きニシンも北前船で京都へ運ばれ、京都の名物「鰊そば」を生み出したとされています。このように、ニシンが大量に獲れ、大量に売れることから出稼ぎの漁師たちも集まり、小樽近郊の漁場はにぎわいを見せていました。しかし、昭和30年ごろになると北海道沿岸でニシンの姿が見られなくなり、「幻の魚」といわれるようになりました。それまで北海道を回遊していた「サハリン系」と呼ばれる集団が北海道よりももっと北へ回遊範囲を移したことや、獲りすぎがその原因と考えられています。こうして、ニシンが獲れない時期が続きましたが、1996年にニシン漁復活のための取り組み「日本海ニシン資源増大プロジェクト」が始まり、ニシンの産卵場所の造成や稚魚の放流などを行ってきました。すると、1999年に小樽よりもっと北に位置する留萌市で待ちに待った群来が確認されました。それから数年おきに北海道の日本海側沿岸で群来が見られるようになり、小樽沿岸ではここ10年以上続けて確認されています。

そんなニシンですが、「春告魚(はるつげうお)」とも呼ばれ、小樽近海のニシン漁は1月下旬に始まり4月頭には終わってしまうので、獲れたての生ニシンが手に入るのもこの時期だけです。スーパーの鮮魚コーナーにも生ニシンがお手頃価格で並んでいます。脂ののりが良く身が軟らかいのが特徴のニシンは、塩焼きはもちろんですが、煮付けも良いですし、お刺身やお寿司を見かけたらついつい手が伸びてしまうほどの絶品です。少し前まで真冬の装いだった小樽市ですが、ここ数日は春のような暖かさが続いていて、春告魚の名のとおり、ニシンの群れと共に春の気配を感じます。

小樽ショールーム
https://www.shokunin.com/jp/showroom/otaru.html

参考資料
http://otaru-fish.jp/history/heyday/
https://www.hkd.mlit.go.jp/ky/ki/kouhou/70th/history/00-06.html

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【たこせん】

大阪なんばで食べ歩いた「たこせん」。大きめの海老せんべいでたこ焼きを挟んだものです。昭和40年代の大阪府岸和田市で、塾帰りの子供たちが立ち寄るたこ焼き屋が、ゴミとなる容器のポイ捨てに悩み、お皿の代わりにせんべいを使ったのが「たこせん」の始まりなんだそう。

熱々、出来立てのたこ焼きもせんべいで挟むことで、手に持つことができ、バーガー袋に入っているので、子供にも安心して持たせることができました。買ってすぐにその場で頬張れる幸せは、本当にたまりません。

私が今回行列に並んででも食べた「わなか」は、たこ焼きのとろんと感が絶妙。焼き立ては、たこ焼きがカリッとふわっととろっと。小ぶりなので何個でも食べることができ、別に箱で買っていたたこ焼きから、たこせんに追いたこ焼きをしたほどでした。

たこ焼きは、仕上げのソースも「特製ソース」「釜炊き塩」「だし醤油」「ピリ辛ソース」「ポン酢」など、生地に合う厳選されたものから選ぶことができます。

お店全体が情熱と活気にあふれていて、並んでいる間に見える焼いている姿や掛け声に、こちらまでどんどんと元気が湧いてきます。ぜひ、焼き立てを「あつっ!」と言いながら笑顔で頬張ってみてください。

たこ焼き わなか
http://www.takoyaki-wanaka.com/

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%9B%E3%82%93

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【チューリップ】

2月に入り少しずつ暖かい日が増えてきました。寒いなぁと思う日でもキーンと張り詰めた空気感とはまた違う、春を思わせる穏やかさを感じます。花屋さんの店先も春の球根や、黄色い菜の花、ミモザやチューリップの鮮やかな配色でにぎやかになってきました。チューリップを購入して、改めて「チューリップ」と検索してみると“日本のバンド”と出てきました。1968年に前身のザ・フォーシンガーズとして結成、さすがにこのあたりは知りませんでした。「チューリップ」としてのデビューは1972年で、2年前から50周年記念ツアーを行っているそうです。今年も各地でアンコール公演が行われ、どの公演も完売!さすがですね。

そしてお花のチューリップ、日本にやってきたのは江戸時代ですが、上流階級のごく一部の観賞用だったためあまり普及せず、本格的に生産されたのは大正時代だったようです。その後、日本では女子児童を中心に人気の花となり、お弁当箱の絵柄や手提げバックの刺繍にも使われたり、思い返せば、小学校の花壇にも必ずチューリップが植えられていました。

原産国は、イメージ的には、チューリップと風車の画像がインプットされていて「オランダ!」と早押ししてしまいそうですが、“トルコ”を中心とした中央アナトリアという地域でとても面積が広く、周辺のイラン、アフガニスタン、カザフスタンなどもチューリップを国花としています。トルコでも国花というだけではなく、神聖な意味も込められ、モスクなどには美しいチューリップ柄が描かれたり、陶磁器や織物、チャイのグラスのデザインにもチューリップが使われています。その後オランダに渡り貴族や資産家にとってはステイタス、“富の象徴”となっていきました。収集家や愛好家も現れ、品種改良なども進むと、金よりも高価なものとなり、希少で高価なチューリップの球根には、なんと小さな家が買えるほどの値段がついたそうです。これが「チューリップバブル」、世界で初めて起こったバブル経済といわれています。チューリップをめぐってこんなことが起こっていたなんて、花壇を横目に走り回っていた小学生の私には想像もつきませんでした。

いろいろ調べるうちに、そんなチューリップの花言葉も色によって異なることや本数によってもさまざまだったりすることも知りました。

赤いチューリップ
愛の告白

ピンクのチューリップ
誠実な愛

白いチューリップ
新しい愛/失われた愛/失恋

黄色のチューリップ
正直/名声/望みのない恋/報われぬ恋

オレンジのチューリップ
照れ屋

紫のチューリップ
不滅の愛/気高さ

緑のチューリップ
美しい

告白やプロポーズのときに良いのは、1本「あなたが私の運命の人」、3本「あなたを愛しています」、4本「あなたを一生愛します」、9本「いつまでも一緒にいてください」、12本「恋人になってください」、40本「永遠の愛を誓います」、99本「永遠の愛」、108本「私と結婚してください」など。今回、近所の花屋で偶然購入した黄色い3本のチューリップだと、“愛しているが報われない恋”となります。なんということでしょう。残念でした。思いがけず楽しめたチューリップの世界、冬色だった部屋に、春の気配を少し取り入れるだけでも気分が変わってきます。お気に入りの器を花器にするのも良いですし、モダンで素敵な花器もございます。職人.comサイトも覗いてみてください。

セラミック・ジャパン スティルグリーン
https://www.shokunin.com/jp/ceramicjapan/stillgreen.html
セラミック・ジャパン ニュークリンクルスーパーバッグ
https://www.shokunin.com/jp/ceramicjapan/crinkle.html
青龍窯 一輪挿し
https://www.shokunin.com/jp/seiryu/ichirin.html

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/チューリップ
https://turkish.jp/blog/チューリップ/
https://www.i879.com/tulip/column/04/
https://greensnap.co.jp/columns/tulip_language#