2022年04月

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【月兎印のスリムポットが加わりました】

当店スタッフも15年以上愛用している大変素晴らしい商品が加わりました。

月兎印(つきうさぎじるし)は、大正12年創業の専門商社・フジイが大正15年に世に送り出したオリジナルブランドです。

創業当時は、写真が一般市民にも広まった時期と重なり、現像用の琺瑯製バットが大ヒットしました。日本における琺瑯の文化をつくり上げ、家庭用から業務用まで、暮らしと時代に寄り添いながら、「ゲット」の愛称で親しまれる琺瑯製品を作り続けています。

スリムポットのデザインは、あのグローバルの包丁も手掛けた山田耕民氏によるもの。一定の湯量を保ちながら真っ直ぐ細く注げる注ぎ口はコーヒードリップにも適しており、1980年の発売以来、40年以上の歴史を誇るロングセラーとなっています。

月兎印 スリムポット
https://www.shokunin.com/jp/tsukiusagi/

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【京の七口】

京都には、鞍馬口、丹波口、荒神口など「口」の付く地名がいくつかありますが、それらは「京の七口」と呼ばれ、かつて平安京の出入り口があった場所でした。

京都の出入り口を表す「口」という言葉は鎌倉時代から使われており、室町時代になると、畿内七道と京都を結ぶ出入り口に「七口の関」という関所を設け、幕府や朝廷などが通行料を徴収するようになりました。豊臣秀吉が京都の都市改造の一環として、洛中を取り囲む御土居を築いた際にも、七口を設けました。

しかし、七口といえどもその数や場所は時代によって変動し、六口や十口の場合もありました。ここでは現代において「京の七口」として代表されるものをご紹介します。

「長坂口」
京見峠を越え杉坂に至る長坂越の登り口付近にあり、そこから周山・若狭へと道が続きました。

「鞍馬口」
鴨川に架かる出雲路橋の西側にあり、鞍馬へ向かう鞍馬街道とを繋ぎました。鞍馬街道は、鞍馬寺までの参拝道として利用されるほか、丹羽・若狭との物流も支えました。

「大原口」
河原町今出川の交差点の西側にあり、八瀬・大原を経て、朽木・若狭に向かう若狭街道への出入り口でした。

「荒神口」
河原町通荒神口交差点の西側にあり、北白川から琵琶湖へと向かう山中越の出入り口。荒神という名は護浄院に三宝荒神が祀られていることに由来します。

「粟田口」
三条大橋の西岸にあり、三条口とも呼ばれます。東海道、中山道などに繋がる要衝でした。蹴上の近くには「粟田口」という地名が残り、刀工の名家である粟田口派はこの地名に由来します。

「伏見口」
五条大橋の西詰にあり、五条口とも呼ばれます。豊臣秀吉が作ったといわれる伏見街道へと続く出入り口。現在の五条大橋は、豊臣秀吉によって架けられたもので、それまでの五条橋は現在の松原橋の位置に架かっていました。

「東寺口」
かつて羅生門があった場所で、山崎・西宮を経て西へ向かう西国街道と、鳥羽を経て淀へ向かう鳥羽街道の出入り口。そのため鳥羽口とも呼ばれます。

「丹波口」
亀岡から丹波へ向かう山陰街道の出入り口。JR山陰本線の「丹波口駅」にその名を残します。かつての出入り口は千本通七条上るにありましたが、現在は五条千本交差点の南側に位置しています。

いずれも、長い道のりを経て京都へと足を踏み入れる人々にとって、特別な意味を持つ場所だったことでしょう。普段何気なく通る場所にも、歴史の積み重なりがあるのです。

参考資料
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/cmsfiles/contents/0000120/120267/08.pdf
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000005643.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/京の七口

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【手仕事の美しさの理由】

「民具」とは、人々が生活の必要から作り使って古風な器具や造形物の総称で、「日用品」とほぼ同義の言葉だそうです。現代では、機械により大量生産された製品を除いたものを指します。

風土や文化によって異なり、手仕事により作られてきた生活道具。今回は、職人.comで扱う鍋敷きから、民具としての色合いが強い鍋敷きをご紹介いたします。

月桃の円座は、沖縄に自生する月桃と呼ばれる植物から作られています。月桃はショウガ科で、東南アジア・アジア南部に分布しています。香りが良く、高い抗菌作用があり、円座だけでなく、お菓子を包んだり、化粧品などにも使用されています。

新潟県の佐渡島には、お米を収穫したあとの藁を活用して作られた藁の鍋敷きがあります。藁は十分に乾燥させると腐りにくく、保存しやすく強度もあるため、昔からさまざまな用途に使用されてきました。わらじや蓑や神具の注連縄もそうですね。

柳宗悦の『手仕事の日本』には、このような記述があります:
「そもそも手が機械と異る点は、それがいつも直接に心と繋がれていることであります。機械には心がありません。これが手仕事に不思議な働きを起させる所以だと思います。手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて、これがものを創らせたり、働きに悦びを与えたり、また道徳を守らせたりするのであります。そうしてこれこそは品物に美しい性質を与える原因であると思われます。それ故手仕事は一面に心の仕事だと申してもよいでありましょう。」

人の手によって作られた、伝統的で実用的な工芸品。どの時代にあっても、人々の暮らしや、自然、そして心と繋がっていることが、その美しさの理由かもしれません。

沖縄民具 月桃の円座
https://www.shokunin.com/jp/okinawa/enza.html
本間数勇商店 わら鍋敷き
https://www.shokunin.com/jp/honma/nabeshiki.html

参考資料
https://ja.wikipedia.org/wiki/民具
https://ja.wikipedia.org/wiki/ゲットウ
https://ja.wikipedia.org/wiki/